東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2126号 判決 1990年10月02日
控訴人(原告) 吉野晴男
被控訴人(被告) ネッスル株式会社
主文
原判決中電気主任技術者の地位の確認請求に係る部分を取り消す。
控訴人の右請求に係る訴を却下する。
控訴人のその余の控訴を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
(申立)
控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人が、被控訴人島田工場における工務課電気係長及び電気主任技術者の地位を有することを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
(主張)
一 被控訴人の本案前の主張
電気主任技術者は、電気事業法に基づき、その選任及び監督官庁への届出が義務づけられ、また、届出によりその地位が確定する行政取締法規上の地位にすぎず、被控訴会社島田工場電気主任技術者も被控訴会社の職制上の地位ではない。被控訴人が監督官庁に届け出る保安規程も監督官庁に対してその運用を約したものにすぎず、被控訴人と電気主任技術者との間に権利義務を設定するものではない。したがって、保安規程の定めが労働契約の内容になることはなく、また、被控訴人が控訴人の入社に際し、控訴人を電気主任技術者として採用する旨約定したこともない。
このように電気主任技術者の地位は控訴人・被控訴人間の私法上の地位ではないから、その存在確認を求める控訴人の請求は権利保護適格を欠くものである。
二 本案前の主張に対する控訴人の反対主張
被控訴人の主張を争う。すなわち、島田工場には電気主任技術者の地位が設けられており、その職務内容は、被控訴人が昭和四七年四月に名古屋通商産業局に届け出た同工場の保安規程(以下「保安規程」という。)によると、同工場の電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督全般に及んでいて、電気工作物関連業務の従事者に対する指揮権をも有している。これらの職務・権限は具体的に定められ、労働契約の内容となりうるものであるところ、控訴人は、入社に際し、被控訴人との間で島田工場電気主任技術者として雇用される旨の約定をしたのであるから、この点は控訴人と被控訴人との間の重要な労働契約の内容となっている。
その根拠を詳述すると、原判決三枚目表末行から同七枚目裏三行目までのとおりである(但し、同三枚目表末行の「2」を「1」と改め、同裏一行目の「被告」から二行目の「届出た」までを削り、同四枚目裏六行目から七行目にかけての「と解するのが相当である」を「ものである」と、八行目の「3」を「2」とそれぞれ改め、九行目の「第二種」の前に「自己の有する」を加え、同五枚目表七行目の「基方的」を「基本的」と、八行目の「確認すると」を「確認を求めたところ」と、同裏五、六行目を「控訴人は昭和四八年六月から後記の労働契約の内容のとおり島田工場電気主任技術者の地位にあった。」と、七行目の「4」を「3」とそれぞれ改め、同六枚目表一行目の「電気事業法」の前に「その権限は、」を加え、五行目から六行目にかけての「権限を与えるということであった」を「及んだ」と、同裏五行目の「改造行事」を「改造工事」と、同七枚目表五行目の「右法」を「電気事業法」と、同裏三行目の「とするのが相当である」を「ものである」とそれぞれ改める。)。
三 控訴人の請求原因
1 当事者
(一) 被控訴人は、牛乳製品、菓子、薬品等の調理、製造、販売等を目的とする株式会社であり、島田市細島字寺久保一七〇〇番地に工場(以下「島田工場」という。)を有する。
(二) 控訴人は、昭和四八年四月一日島田工場に電気主任技術者として採用され、同年六月から電気主任技術者として、同年一〇月からは電気係長としても勤務してきたものである。
2 被控訴人は、島田工場における工務課電気係長及び電気主任技術者の地位から控訴人を解任したと主張して、控訴人が右地位にあることを争っている。
よって、控訴人は、被控訴人との間において、控訴人が島田工場における工務課電気係長及び電気主任技術者の地位を有することの確認を求める。
四 請求原因に対する被控訴人の認否
請求原因事実を認める。
五 被控訴人の抗弁
1 被控訴人は、昭和五七年四月二八日ころ、控訴人を島田工場における工務課電気係長の役職から解任して工務事務所のスタツフに移籍し(以下「本件移籍」という。)、同年六月九日、同工場における電気主任技術者の地位から解任した(以下「本件解任」という。)。
2 本件移籍及び本件解任について合理的理由が存することについては、原判決三二枚目裏二行目から同三九枚目表七行目までのとおりである(但し、同三二枚目裏二行目の前の「一」を「(一)」と、「会社」を「企業の経営者」と、同三三枚目表一行目及び五行目の各「事業場」を「事業所」と、二行目及び九行目の各「会社」を「被控訴人」と、九行目の「行使」から一〇行目の末尾までを「行使である。」と、末行の「二」を「(二)」と、同裏一行目の「1」を「(1)」と、六行目の「2」を「(2)」と、末行の「大工事」を「大規模なもの」とそれぞれ改め、一行目及び一〇行目の各「被告」を、六行目の「前記」をそれぞれ削り、同三四枚目表二行目の「秋山公昭」の次に「(以下「秋山」という。)」を加え、八行目及び一〇行目の各「もの」を「者」と、九行目の「3」を「(3)」と、同裏三行目の「ごとく」を「ように」と、九行目の「メインテナンス」を「保守管理」と、同三五枚目表一行目の「4」を「(4)」とそれぞれ改め、二行目の「被告」を削り、同裏四行目の「五月」及び五行目の「一二月」の各前に「同年」を加え、八行目の「5」を「(5)」と改め、同三六枚目表四、五行及び九行目の各「被告」を、四行目の「前記」を、同裏四行目及び八行目の各「被告」をそれぞれ削り、六行目の「6」を「(6)」と、「パジフイック」を「パシフイック」と、同三七枚目表二行目の「三」を「(三)」と、三行目の「1」を「(1)」と、一〇行目の「2」を「(2)」とそれぞれ改め、三行目の「前記」の前に「その存在確認請求に対する本案前の主張が理由がないとしても、」を加え、八行目の前の「前記」を削り、同三八枚目表五行目の「ごとく」を「ように」と、八行目の「3」を「(3)」と、六行目及び同三九枚目表二行目の各「相応し」を「ふさわし」とそれぞれ改め、同三八枚目表末行の「前記」を、同裏一行目の「被告」をそれぞれ削る。)。
六 抗弁に対する控訴人の認否
1 抗弁1の事実を認める。
2 抗弁2の主張を争う。
控訴人の反対主張は、原判決三九枚目表一〇行目から同四八枚目裏六行目までのとおりである(但し、同三九枚目表一〇行目の冒頭に「(一) (一)のうち、」を加え、同行の「掲記」を「被控訴人主張」と改め、同裏一行目を削り、二行目の冒頭の「1」を「(二)(1)」と、「同1」を「(1)」と、九行目の冒頭の「2」を「(2)」と、「同2」を「(2)」と、同四〇枚目表九行目の冒頭の「3」を「(3)」と、「同3」を「(3)」と、同裏九行目の冒頭の「4」を「(4)」と、「同4」を「(4)」と、同四一枚目表七行目の「いうことはできない」を「いうことはない」と、同裏五行目の「為」を「ため」とそれぞれ改め、同表末行の「五月」の前に「同年」を、同裏六行目の「である」の次に「。」を、八行目の「停電」の次に「中の」を、同四二枚目表二行目の「一二月」の前に「同年」をそれぞれ加え、同裏三行目の冒頭の「5」を「(5)」と、「同5」を「(5)」と、七行目及び一〇行目から末行にかけての各「昭和五七年五月一〇日」を「同日」と、九行目の冒頭から「技術員)」までを「また、工務事務所所属の電気担当技術員」と、同四三枚目表一行目の「この電気技術員」及び七行目の冒頭から「スタッフ」までをそれぞれ「右電気担当技術員」と、同四四枚目表七行目の「保管」を「保守」と、九行目の「昭和四八年」を「同年」と、同四五枚目表一行目の冒頭の「6」を「(6)」と、「同6」を「(6)」とそれぞれ改め、同四五枚目表二行目を削り、三行目の冒頭の「1」を「(三)(1)」と、「同1」を「(1)」と、四行目の冒頭の「2」を「(2)」と、「同2」を「(2)」と、同四六枚目表八行目の「試傭」を「試用」と、同裏一行目の冒頭の「3」を「(3)」と、「同3」を「(3)」と、三行目の「続けさせる」を「担当させる」と、同四七枚目表四行目の「務めて」を「努めて」と、八行目の「もの」を「者」と、同四八枚目表五行目の「様な」を「ような」と、八行目の「工作部」を「工作物」とそれぞれ改め、同四六枚目裏末行の「にあり」の、同四七枚目裏三行目の「有し」の及び同四八枚目表九行目の「おいては」の各次に、「、」を加える。)。
七 控訴人の再抗弁
1 不当労働行為
被控訴人のした本件移籍及び本件解任は、労働組合法七条一号に該当する不当労働行為であって違法無効である。
(一) 不利益取扱該当性について
控訴人は、本件移籍及び本任解任により次のような不利益を被った。
(1) 賃金
控訴人は、電気主任技術者という労働条件で採用されたため、その初任基本給は他の一般中途採用者よりも三万円高い一一万円であった(控訴人は昭和一七年四月一五日生まれで、採用された当時三〇歳であったが、被控訴人の中途採用者の初任給に関する社内基準によれば、三〇歳で中途採用される者の初任基本給は八万円であった。)。そして、これまでも電気主任技術者であるゆえに被控訴人の一般従業員よりも高額な給与の支払を受けてきた。
島田工場工務課電気係長の地位は、監督職であり、監督者手当(係長については、昭和五七年四月現在月額一万円、昭和五九年四月現在月額一万一〇〇〇円、昭和六〇年四月現在月額一万二〇〇〇円、昭和六二年四月現在(但し、職能給制度の導入により監督者手当A)月額一万五〇〇〇円)が支給され、右監督者手当は時間外手当の算出の基礎にもなっている。昭和六一年四月一日から職能給制度が導入され、一般従業員は一等級から七等級に格付けされ、控訴人は四等級になった。ところが、係長は七等級に格付けされており、控訴人も係長を解任されなければ、七等級になり、監督者手当A(昭和六二年四月現在月額一万五〇〇〇円)が得られ、出張旅費の額も約二〇〇〇円の減額とはならなかった筈である。
右のとおり、工務課電気係長の地位は労働条件において一般職員と異なっており、被控訴人が一方的に奪うことのできないものである。
(2) 電気主任技術者は、これまでの前例から工務課課長代理その他の役職への昇進の可能性が高い。
(3) 控訴人は、第二種電気主任技術者の資格を有しており、昭和四八年に入社して以来島田工場の電気工作物の保守、点検及び修理等の業務に従事し、その業務を通して新たな知識を取得してきた。そして更に、電気技術者として研鑚を積み向上していくことを目的としてきたが、本件移籍により、<1>保守関係業務に携わること、<2>工務課内での安全会議への出席、<3>社内外における会議(研修会も含む)への出席等ができなくなり、そのために新たな知識を取得する機会及び能力を発揮する場を奪われ、電気技術者として致命的な打撃を受け、また、電気エネルギー管理士の資格も有しているが、電気管理士に選任される機会も失なった。
(二) 組合活動及び控訴人に対する不利益処分の不当労働行為性
この点については原判決一一枚目裏末行から同二三枚目裏八行目までのとおりである(但し、同一二枚目表二行目の括弧書を削り、同裏五行目の「そんな中にあって」を「かかる状況のもとにおいて」と、七行目の「たちを協力」を「と協力し、組合員らを」と、同一三枚目表四行目及び九行目の各「組合」を「右組合」と、七行目の「本部」を「右組合本部」とそれぞれ改め、同一四枚目表二行目の「組合が」を削り、九行目、同裏七行目の各「あった」を「ある」と、同一六枚目裏七行目の「符号」を「符合」とそれぞれ改め、同一七枚目表七行目の「全国本部」を削り、同裏五行目の「地労委」を「地方労働委員会(以下「地労委」という。)」と改め、一〇行目の末尾に「(以下「中労委」という。)」を加え、同一八枚目裏六行目の「これを横領して」を「勝手に」と、同一九枚目表五行目の「組合(第一組合)」を「第一組合」と、同二〇枚目表九行目の「忠告」を「注意」とそれぞれ改め、六行目の「工場長」の次に「フレイ(以下「工場長」という。)」を加え、同二一枚目表三行目の「の組合」を削り、同裏一行目の「五月」を「同月」と、「技術事務所」を「工務事務所」と、四行目の「申し入れ」を「申入れ」と、同二二枚目表一行目の「五月一〇日」を「同日」と、末行の「前提とし」を「留保し」と、「技術事務所」を「工務事務所」と、同裏九行目の「行なう」を「行う。」とそれぞれ改め、同二三枚目表五行目の「事実」を削り、六行目の「地方労働委員会」を「地労委」と、九行目の「技術事務所」を「工務事務所」とそれぞれ改め、九行目の「六月」の前に「同年」を加える。)。
2 禁反言、信義則違反(電気主任技術者からの解任に対して)
この点については原判決二三枚目裏一〇行目から同二五枚目裏末行までのとおりである(但し、同二三枚目裏末行の「続けさせる」を「担当させる」と、同二四枚目表六行目の「被告」から七行目の「ある。)」までを「工場長」と、八行目の「過ぎから」を「ころ」と、同裏九行目の「保主」を「保守」と、同二五枚目表一行目、八行目及び同裏五行目の各「技術事務所」を「工務事務所」と、八行目の「続けさせる」を「担当させる」と、九行目の「言葉」を「言明」とそれぞれ改め、同二四枚目裏二行目の「五月」の前に「同年」を、同二五枚目表六行目の「課長」の次に「(以下「西川」という。)」を、七行目の「分離し」、八行目の「減少させ」、末行の「かかったので」及び同裏四行目から五行目にかけての「分離し」の各次に「、」を、二行目の「午後三時」の前に「同日」をそれぞれ加え、同二五枚目表五行目の「過ぎ」を、九行目から一〇行目にかけて及び同裏一行目の各「フレイ」をそれぞれ削る。)。
八 再抗弁に対する被控訴人の認否
1 再抗弁1について
前文の主張は争う。
(一) (一)について
(1) (1)は争う。控訴人は、本件移籍により給与等金銭的不利益を受けていない。すなわち、監督手当等の支給はその職務に伴う給付であるから、その地位を離れたらなくなるのは当然であり、それを不利益ということはできず、また、職能給制度は、本件移籍の四年後に導入されたものであるから、本件移籍と直接の関係はない。
(2) (2)は争う。電気主任技術者の解任ないしは本件移籍と将来の昇進とは全く関係がない。
(3) (3)は争う。電気主任技術者の解任ないしは本件移籍により、新技術・知識の取得等が不可能になったということはあり得ない。控訴人は、同一課内で引き続き電気関係の業務に従事しているのであるから、本人に自覚さえあれば、新技術・知識の取得は可能である。
(二) (二)について
(1) (1)の事実中前段は認めるが、後段は争う。
(2) (2)の事実は、否認若しくは争う。
(3) (3)の事実は、否認若しくは争う。
(三) (三)について
前文の主張は争う。
(1) (1)の事実は否認する。
(2) (2)の事実中、控訴人に対し広田工場への転勤を打診したこと、控訴人が右打診に対して転勤には応じられない旨答えたことは認めるが、右打診が控訴人に対する不当な圧力であったとの主張は争う。
転勤の打診は、広田工場のクレマトップ製造ラインの増設工事に伴うものであって、業務内容、経験からして控訴人が適任と考えられたからに外ならない。
(3) (3)の事実について
被控訴人が控訴人に対し、工務事務所に配置替えをしたい旨通告したことは認める。被控訴人が控訴人の係長職からの移籍、電気主任技術者からの解任の事実を控訴人に伝えなかったという点は否認する。被控訴人が強行的・一方的に本件移籍及び本件解任を行ったという点、手続が労働協約に反し異常であるという点、本件解任・移籍が組合敵視の政策・組合の組織破壊の一環としてされたという点の主張は、いずれも争う。
2 同2について
(一) (一)の事実は否認し、その主張は争う。
(二) (二)の事実について
工場長が昭和五七年四月二八日控訴人に対し、業務の分離を通告したこと、控訴人の業務として控訴人主張の<2>ないし<7>を指示したこと、保守管理業務を田中直己が担当することになったことは認めるが、その余は争う。
被控訴人は、「電気主任技術者及び職場長(すなわち係長)から解任」する旨申し伝えた。
(三) (三)の主張は争う。
(証拠関係)<省略>
理由
一 電気主任技術者の地位確認請求に対する本案前の主張について
1 電気事業法は、電気に起因する災害の防止と電気の円滑な供給とを図るため、自家用電気工作物の設置者に対し、電気工作物の工事、維持及び運用に関する作業の監督を担当する者として(原則的に電気主任技術者免状の取得者から)主任技術者を選任するとともに、保安規程を定め、これを監督官庁である通商産業大臣に届け出ることを義務づけ、電気主任技術者については、その義務を厳しく定めている(同法第七四条、第五七条第一項)。同法の主任技術者に関する定めの内容は以上に尽き、主法技術者と選任者である雇用者との雇用関係については格別の定めはない。したがって、同法の前示の目的及び規定の内容に照らすと、電気主任技術者が前示工作物設置者である企業における職制上の地位として設けられ、その地位にある者の雇用上の権利・義務の内容となるものではなく、このような地位を企業の職制として設けるか、あるいは職制上設けられた地位にある者を選任してこれに充てるかは、当該企業が自主的に決定できるものであるというべきである。また、保安規程も、前示工作物設置者が、工作物の維持運用等の安全確保についての監督官庁の監督の便宜を図る目的で監督官庁に対する提出を義務づけられているものであって、直接には電気主任技術者本人と企業との間の権利・義務について定めるものではなく、右権利義務の内容は、特段の約定のない限り、各別に締結された労働契約に従って定められることになる。
2 原本の存在及び成立につき争いのない甲第一号証、成立に争いのない甲第二ないし第六号証、第七号証の一、二、乙第一号証、原審及び当審証人原田実の証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人は、昭和四七年ころ島田工場を開設し、昭和四八年五月ころから生産を開始したが、同工場に、工場長の下に総務、会計、製造、品質管理の各課と並んで機械設備及び電力等に関する業務を担当する工務課を設けた。そして、工務課に電気係を置き、同工場受電設備の維持、保全及び改善、同工場内における電気工事の立案、発注及び監督等の業務を担当させ、その統括者として電気係長を置いている。
(二) 被控訴人は、昭和四七年四月右開設に参加した橋本隆久をとりあえず同工場の電気主任技術者に任命したが、同人はなるべく早く本社に復帰させる必要に迫られており、その後任として同工場の電気主任技術者に任命すべき適当な者が社内にいなかったので、緊急に同年一一月ころ社外から募集することにした。
控訴人は、第二種電気主任技術者免状を取得しており、それを生かせる職場で働きたいとの希望を持っていたので、これに応募し、昭和四八年三月一五日被控訴人との間で同社生産部門における社員として採用するとの契約書を取り交わした。
被控訴人は、右募集に際し、控訴人に対し、電気主任技術者を募集する旨明示し、また、右契約書の作成後、採用後六か月間の試用期間を経て主任技術者に選任する旨の通知もした。控訴人は、同年四月一日から島田工場で勤務し、同年六月ころ同工場工務課電気係長の地位に就き、また、同工場電気主任技術者に選任された。
3 右事実によれば、島田工場の職制は、昭和四七年ころから昭和五七年五月一〇日までの間、電気関係業務に関しては工場長の下に工務課長―電気係長職を設け、電気係長が工務課長を補佐して島田工場における電気関係業務の実質的責任者となっており、被控訴人は、電気主任技術者ないしこれに相当する独立の職制を設定せず、電気事業法の求める電気主任技術者には電気係長を充てている。
そうすると、控訴人と被控訴人との間の雇用上の権利・義務は、電気係長の地位について定められており、控訴人は、電気係長として、その職務内容の一部となっている電気主任技術者としての業務を負担していたものというべきである。
なお、控訴人は、入社にあたり、電気主任技術者として採用するとの特別の合意に基づいて雇用された旨の主張をし、前示のとおり、被控訴人は、電気主任技術者を募集し、控訴人もそれに応募している。しかし、採用に際して取り交わされた契約書には、生産部門における職員として採用すると定められているのであるから、被控訴人の右募集内容は誘因にすぎず、電気主任技術者として採用することが雇用契約の内容となっていたと解することはできない。
前掲甲第一号証によれば、被控訴人が自ら作成した保安規程において電気主任技術者の職務内容が定められていることが認められるが、その文理上からも、それはその職務の執行上の権限を定めたものであって、控訴人の被控訴人に対する私法上の権利を定めたものではない。控訴人は、電気主任技術者として、通常の中途採用者に比較して高額の給与を与えられた旨主張し、控訴人の給与額がそのとおりであったことは当事者間に争いがないが、前掲原田証言によれば、被控訴会社においては、電気主任技術者に見合う給与の定めがないことが認められ、控訴人に対する高額の給与の支給は、前示の当時被控訴人において緊急に電気主任技術者を選任するための職員を採用せざるをえなかったという事情に基づくものであり、右原田証言及び前掲控訴人の供述によって認められる後示の本件解任後もそれ自体を理由とする給与の減額はなかったこととを併せ考えると、右通常よりの高額分が電気主任技術者の職務に見合って支給されることとなったものとは認め難い。
そうであるとすれば、本件における控訴人の電気主任技術者の地位は、控訴人・被控訴人間の雇用契約上の地位にあたるものではなく、また右地位に基づく控訴人の私法上の権利と目すべきものを包含せず、いわば委任契約上の受任者に付与された代理権と同様なものとみられるから、右地位にあることの確認を求める控訴人の請求は、権利保護の適格を欠くものであり、右訴は不適法として却下を免れないというべきである。
二 工務課電気係長の地位確認について
1 請求原因1の事実、同2のうち控訴人が島田工場工務課電気係長として勤務していたこと及び抗弁1の事実は当事者間に争いがない。
2 被控訴人は、本件移籍は被控訴人が企業経営者として従業員の同一事業所内での職種の変更について一般的に有する権限の行使であると主張するが、控訴人は後示のとおり、監督者の地位を失うことに伴い、給与上も監督者手当等を失う不利益を受けているから、被控訴人の右主張は肯認できないところ、被控訴人は、更に本件移籍には合理的な理由が存すると主張するので、この点について判断する。
前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第一八、一九号証、第三一号証の一、二、乙第四号証、第五号証の一ないし五、前掲控訴人の供述により成立の認められる甲第一七号証(原審における供述)、第一二八号証(当審における供述)、前掲原田証言(当審)により成立の認められる乙第六号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一九、二〇号証、第二八号証、前掲原田証言並びに控訴人の各供述(後記採用しない部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被控訴会社は、島田工場において熱風乾燥方式によりインスタントコーヒーを製造してきたが、凍結乾燥方式による製造方法の採用の必要に迫られ、昭和五六年二月ころそのための生産設備を増設するために本社技術部直轄のパシフィックプロジェクトチームが編成された。
(二) パシフィックプロジェクトチームは、下野正信をリーダーとして島田工場とは別に組織され、当初、本社に置かれていたが、同年一一月に島田工場に移転した。右プロジェクトの電気部門の責任者には、秋山が任命された。秋山は、以前島田工場で電気技術員として控訴人の下で勤務したこともあるが、その後霞ケ浦工場に転勤し、同工場電気係長(兼電気主任技術者)、工務課長代理を歴任している(なお、同人は、昭和五五年に新設備の計画・立案に関する知識習得の目的でスイスのネッスル総本社に派遣されている。)。控訴人ら島田工場勤務者も右プロジェクトの応援を命ぜられて参加することになり、控訴人は、主として特高受電設備の増設を担当した。したがって、控訴人は、従前の島田工場における既設電気設備の保安等の電気係長の職務のほかに右プロジェクト関係の仕事もするようになった。右プロジェクトのための特高受電設備は、既設設備全部と同等程度の大規模のものであり、その増設により島田工場の電気設備は倍増することになった。昭和五七年五月七日に右特高受電設備が完成し、島田工場に引き渡されて保守、管理も島田工場で行うことになった。右プロジェクトは、昭和五八年三月ころに終了した。
(三) 右増設された特高受電設備の引渡による島田工場における業務量の増加に伴って、被控訴人は、同年五月一〇日から電気部門を電気設備の保守、管理部門とプロジェクト部門とに分割し、プロジェクト関係を担当する工務事務所の技術担当員を増員し、電気設備部門には電気担当工務課長代理の地位を新設し、以上に伴う人事異動を行うこととした。その発令に先立って、工場長は同年四月二八日に控訴人を工場長室に呼び、西川総務課長、原田工務課長立会いのもとで、「パシフィックプロジェクトにより業務量が増大したので、電気部門においても右プロジェクト部門と電気設備の保守、管理部門とを分割したい。控訴人にはプロジェクト関係をやってもらい、右保守、管理部門は他の人にやってもらう。」旨通告し、同年五月一〇日秋山を島田工場工務課長代理(電気担当)に、控訴人を工務事務所勤務の電気技術員として右プロジェクト関係業務の担当者に、田中直己を控訴人の後任の電気係長にそれぞれ任命した。
工務事務所は、島田工場開設当初から設置されているものであり、工務課長の所轄のもと島田工場の機械設備に関し新規導入のための設計・工事、改善及び予算要求等の業務を担当する技術員が所属しており、昭和五七年五月当時六名の技術員がいたが、電気担当者はいなかった。控訴人が電気技術員に充てられたのち、更に電気技術員を一名増員したほか、臨時に一名配置したことがあった。
(四) 控訴人は、本件移籍により、基本給与上の不利益を受けていないが、監督者手当の支給はなくなり、旅費の支給に関しても一般職員としての取扱を受けている。
前掲控訴人の供述中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
なお、控訴人は、島田工場における業務量の増加について、プロジェクトないし工務事務所における控訴人の超過勤務時間の増加のうち、前者は特高受電設備の試運転が島田工場の休電日に行わざるをえなかったことによるものであり、後者は控訴人の下に配置されていた部下職員三名を引き揚げられたことによるものであって、業務量自体の増加はない旨供述するが、電気部門における規模の増大に伴う業務量の増加状況は前示のとおりであり、右特高受電設備の試運転当時控訴人が平日には全く仕事がなかったことを示す事跡はないのであるから、電気部門の業務量の増加がないとは認め難い。
3 右事実によると、島田工場に新しい生産方式が導入され、それにより生産設備が著しく拡大し、電気部門においても業務量が増加したのに伴い、被控訴人が同工場の電気部門を分割し、また前示の新職種を設けたことは、業務量の増加に対処するための相当な措置であり、また、秋山を工務課長代理に任命したことについても、同人の前示の職歴からすると特段の疑点はない。
そうすると、本件移籍は、業務上の必要性に基づいて行われたというべきであり、また、前示の職務の内容及び給与の減額の事由及び程度に鑑みると、大幅な労働条件の変更を伴う場合に該当するとも認め難い。なお、控訴人は、本件移籍により監督者手当を失い、また、旅費手当の支給についても一般職員として遇されることになり、不利益を被ったことになる。しかし、監督者手当等は、監督職である係長職にある者に対する特別の手当であり、後示のとおり本件移籍は不当労働行為に該当しないから、右不利益は業務上必要な移籍に伴うものとして控訴人は甘受しなければならない。
また本件移籍は、電気係長の地位が前示のとおり相対的に低下したことを考えると、明らかに降格であるとも認め難く、控訴人は、本件移籍により昇進の機会を失い、新しい知識、技術の取得もできなくなったとも主張するが、右昇進の機会とか知識、技術の取得は、電気係長職の対価ではなく、その業務の執行の際の事実上の反射的利益にすぎないから、仮にこれを失ったからといって、本件移籍に伴う法律上の不利益ということはできない(職能給制度の導入により、控訴人主張の不利益が生ずるとしても、それは本件移籍により直接被ったものとはいえない。)。
4 そこで、本件移籍は不当労働行為に当たり無効であるとの控訴人の再抗弁について検討する。
(一) 前示のとおり控訴人は、本件移籍により監督者手当等を失い、不利益を被ったことになる。
(二) 控訴人が、昭和四九年九月から昭和五〇年九月までの間、ネッスル日本労働組合島田支部副委員長、同月から昭和五五年九月まで島田支部委員長兼ネッスル労組本部執行委員であったことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第四八号証、第四九号証の一、二、第五一ないし第五三号証、第五八号証、乙第一八号証、原審証人長谷川保夫の証言により成立の認められる甲第四四、四五号証、同証言及び前掲控訴人の供述によると、次の事実が認められる。
(1) 右組合は被控訴人の従業員により結成された労働組合であるが、昭和四七年ころから賃上げ・労災闘争を通じて同盟罷業を行う等被控訴人との間に対立関係が発生し、被控訴人も労働組合対策を講ずるようになり、昭和五三年以降組合から被控訴人に対する不当労働行為を理由とする労働委員会への救済申立や訴の提起が頻発するようになった。
(2) 昭和五六年ころから労使協調路線を支持し、組合本部執行部に対し批判的な組合員が増加し、同年開催された第一六回全国大会において、本部役員選挙で対立候補を擁して争う姿勢を示すに至った。当時の本部執行部は、被控訴人の介入によるものと反発して被控訴人との闘争を呼び掛け、本部執行部及びそれを支持する組合員との被控訴人の支持を受けた協調路線を支持する組合員との対立も激化していった。
(3) 昭和五七年度の本部役員選挙に際し、本部執行委員長に闘争路線を主張して現職の川上能弘が、協調路線を主張して三浦一昭がそれぞれ立候補したが、本部執行委員長及び全国大会代議員の選出を巡って両派に紛争が生じ、同年一一月ころ事実上分裂し、昭和五八年一月までに両派とも独自の組合活動を行うに至った(以下、闘争路線を支持する派を「第一組合」といい、協調路線を支持する派を「第二組合」という。)。
(4) 島田支部も、昭和五七年度の支部大会の開催を巡って両派に紛争が生じ、それぞれ独自に支部大会を開催して第一組合と第二組合とに分裂した。控訴人は、第一組合に所属し、その組合員の立場で行動してきた。
(三) 右事実によると、控訴人は、昭和五〇年九月から昭和五五年九月までの間島田支部委員長の地位にあり、組合の分裂後は被控訴人との闘争を主張する第一組合に所属しているが、組合内部の対立・抗争が顕在化してきた昭和五六年ころには、既に労働組合役員の地位から退いており、また、本件移籍は同一工場内における移籍であるから、控訴人の組合活動についての場所的不便を生じていない。
本件移籍が被控訴会社の組織変更の必要性に伴うものであり、右組合内部及び被控訴人と第一組合との間の抗争における控訴人の役割及び控訴人の組合活動の利便を併せ考えると、特に被控訴人が、控訴人に対する不利益処分をするために組織を変更し、本件移籍を強行したとは認め難いものであり、結局、本件移籍が、控訴人が組合活動をしたことを原因として行われたと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
なお、前掲控訴人の供述によると、<1>控訴人が、工場長から昭和五六年一二月一四日、社長の批判はやめるように注意されたこと、<2>昭和五七年一月広田工場への転勤を打診されたことが認められるが、工場長は、社長批判をやめるように注意したにとどまり、また転勤の申入れも控訴人が拒絶すると直ちに撤回されており、これらをもって本件移籍が組合活動によるものであると推認することはできない。
したがって、本件移籍は有効であり、控訴人の前記請求は理由がない。
三 以上の次第により、控訴人の電気主任技術者の地位の確認を求める訴は不適法として却下し、電気係長の地位の確認請求は棄却すべきである。よって、前者についてこれと異なる原判決の右部分を取り消し、後者についてはこれを棄却した原判決は相当であり、右に係る本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 丹野達 加茂紀久男 新城雅夫)
参照
原審判決の主文、事実及び理由
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が被告に対し、被告島田工場における工務課電気係長及び電気主任技術者の地位を有することを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
(請求原因)
一 当事者
1 被告は、牛乳製品、菓子、薬品等の調理、製造、販売等を目的とする会社であり、島田市細島字寺久保一七〇〇番地に工場(以下「被告島田工場」という。)を有するものである。
2 原告は、昭和四八年四月一日被告島田工場に電気事業法第七二条に定める電気主任技術者として採用され、同年六月から電気主任技術者として、同年一〇月からは電気係長としても勤務してきたものである。
二 電気主任技術者の地位
1 電気事業法第七二条第一項は、「自家用電気工作物を設置する者は、自家用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督をさせるため、主任技術者を選任しなければならない。」旨規定し、同条三項は、「右選任及び解任を行政官庁に届出なければならない。」旨規定している。
従って、電気主任技術者というのは、行政取締法規上の地位という面は否定できないが、他面原告が被告と労働契約を締結するうえでの基本的労働条件であり労働契約の重要な内容になっている。また、被告島田工場が、電気事業法第七四条第四項、第五二条に基づいて、昭和四七年四月に名古屋通商産業局に届出た保安規程(以下単に「保安規程」という。)は、合理的内容の部分に限り、原告と被告の労働契約にとりこまれ、労働契約の内容となっている。
その根拠は、以下2ないし5に述べるとおりである。
2 保安規程
(一) 被告島田工場が昭和四七年四月名古屋通商産業局に届出た保安規程は、次のような内容を有する。
(1) 主任技術者は、工場長を補佐し、電気工作物の工事、維持及び保安監督の業務を総括する(第七条)。
(2)(1) 主任技術者が次の各号の一に該当する場合は、解任することができるものとする。
<1> 主任技術者が病気により欠勤が長期にわたり、または、精神障害等により、保安の確保上不適当と認められたとき。
<2> 主任技術者が法令またはこの規定の定めるところに違反し、または怠って保安の確保上不適当と認められたとき。
<3> 主任技術者が刑事事件により起訴されたとき。
(2) 前項各号に該当する場合、または主任技術者が昇任、転任、退職等の場合のほかその意に反して解任されないものとする(第一〇条)。
(3) 電気事業法の規定する保安の監督という面における電気主任技術者の職務内容(第四条、第六条第一、第三、第四項、第一一条、第一三条第一、第二項、第一五条第三項、第二〇条)。
(二) 右にみたように、電気主任技術者は、専門的な知識を有する者であると同時に、監督的な地位を有することが定められ、その地位の解任には厳格な理由が要求されているとともに、その職務権限・内容も詳細に規定されている。保安規程の内容は、優にそのまま労働契約の内容にとりこみうる程度に具体性があり、そして、以下の事情からすると、保安規程は原告と被告間の労働契約の内容となっていると解するのが相当である。
3 原告の入社の経緯
原告は、昭和四七年ころから、第二種電気主任技術者免状を有効に活用することを希望していたが、被告は、原告に対し、昭和四七年一一月ころ、被告島田工場の電気主任技術者を募集している旨の求人申入れをしてきた。原告は、電気主任技術者の地位としての求人であったので、自己の希望とも合致し、被告の採用試験を受け、昭和四八年一月末ころ、同年四月一日から採用されることが決まった。
原告は、電気主任技術者の地位に就くということが被告と労働契約を締結する基方的要件であったので、その点について被告に確認すると、被告は、同年二月ころ、原告が六ケ月の試験期間後に被告島田工場の電気主任技術者になることを保証した。
そして、当時被告には、第二種電気主任技術者免状の所持者が原告以外に一名しかおらず、被告は、原告が被告島田工場の電気主任技術者として就職することを強く希望し、原告の基本初任給は被告の社内基準より三割余り高額のものになった。
その後、労働契約の内容のとおり、原告は昭和四八年六月から被告島田工場の電気主任技術者の地位にあった。
4 原告の職務内容
(一) 原告は、被告が原告を電気主任技術者として採用するというので被告に入社したわけであるが、入社の際被告は原告に電気主任技術者として被告島田工場の電気工作物の工事、維持及び運用に関する一切の権限を与えるということであった。すなわち、電気事業法の規定する電気主任技術者の職務(電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督)だけでなく、電気設備の保守管理はもとより、電気工作物の新設、増設、改造工事の設計、工事計画、実施等の全てについて権限を与えるということであった。
そして、原告はこの約束に基づいて実際に右権限の行使を職務内容としてきた。すなわち、被告島田工場における公害防止設備、ミロ充填設備工事、自動搬送設備工事、コーヒー抽出設備工事及び既設充填設備の改造プロジェクトの電気業務を実際に統括した。そして、昭和五六年二月以降は、パシフィックプロジェクトのうち特高受電設備増設工事を統括することになった。このように原告は、当初から電気主任技術者として、被告島田工場に関する電気設備の保守管理はもとより、新設、増設、改造行事の設計、工事計画、監督の全てについて統括してきた。ちなみに、工務課電気係は、当時総勢一六名で、改善工事班、管理班及び保全修理班を編成しており、原告がその全てを統括していた。
原告の職務内容は、一般的に言えば、自家用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督であり(電気事業法第七四条第五項、第五七条第一項)、具体的には、自家用電気工作物の運転又は操作の保安の監督、電気工作物の設置、改造等の工事計画の立案、同工事実施の監督、保安教育などであった。
(二) そして右職務内容は右法の規定及び保安規程に記載されている事項の全てにわたっている。また、原告は、電気主任技術者として採用されるについて昭和四八年一月一七日被告神戸本社において被告に電気主任技術者として原告に与えられる権限及び職務の内容を具体的に確認して入社の決意を固めていったのである。
従って、原告の実際の職務内容からみても、電気主任技術者たることが原告と被告との労働契約の内容であり、保安規程の内容がその労働契約の内容にとりこまれているとするのが相当である。
5 他の労働条件との結合
(一) 賃金
原告は、電気主任技術者という労働条件で採用されたためにその初任基本給は他の一般中途採用者よりも金三万円高い金一一万円であった(原告は昭和一七年四月一五日生まれで採用された当時三〇歳であったが、被告の中途採用者の初任給に関する社内基準によれば、三〇歳で中途採用される者の初任基本給は金八万円であった。)。
そして、これまでも電気主任技術者であるゆえに被告の一般従業員よりも高額な給与の支払を受けてきた。
(二) 電気主任技術者は、これまでの前例から工務課課長代理その他の役職への昇進の可能性が高い。
三 工務課電気係長の地位
右の地位は、監督職であり、監督者手当(いわゆる係長手当、昭和五七年四月現在月額金一万円、昭和五九年四月現在月額金一万一〇〇〇円、昭和六〇年四月現在月額金一万二〇〇〇円。)を伴い、出張宿泊料及び残業手当算定の基準賃金も一般従業員と異なるから、これが労働条件であることは明らかである。
四 被告による原告の解任
被告は、昭和五七年四月二八日ころ、原告の被告島田工場における工務課電気係長の役職を解任し、同年六月九日、同工場における電気主任技術者の地位を解任した。
五 解任の無効事由
しかるに、右解任は次の各事由により無効である。
1 電気主任技術者解任についての原告の同意の欠如
前記のとおり、電気主任技術者たる地位は、原告が被告と労働契約を締結するうえ最も基本的労働条件であったのであり、これを被告が原告の同意を得ないで一方的に変更したのは許されない。
保安規程第一〇条は、原告の同意を得ないでできる解任を一定の事由に限っており、これは前記のとおり原告と被告の間の労働契約の内容となっているから、右一〇条の該当事由がない一方的解任は無効である。
2 本件移籍についての原告の同意の欠如
仮に、電気係長から工務課長下のスタッフへの移籍(以下単に「本件移籍」ということがある。)が保安規程第一〇条第二項の「転任」に該当するとしても、右移籍については原告の同意を要する。
けだし、電気主任技術者の地位は、原告が被告と労働契約を締結するうえで最も基本的労働条件であることから被告が原告の同意なくして一方的に解任することは許されないことは前記のとおりである。このような場合に、電気主任技術者解任事由たる保安規程第一〇条第二項の「転任」に該当するような配転を原告に対して行なうとしたら、被告は、その配転事由について電気主任技術者解任事由となることを告げたうえで原告の同意を得なければならないはずである。なぜなら、電気主任技術者の地位からの一方的解任はできないが、その解任事由たる配転自体は自由に行なえるというのは背理だからである。そして、電気係長から工務課長下のスタッフへの本件移籍について、被告が原告に対して電気主任技術者解任事由になると告げたこともなかったし、その同意を得ることもなかったから、被告が本件移籍が電気主任技術者解任事由となると主張する限り、本件移籍自体無効であり、その移籍を理由とする電気主任技術者の地位の解任も無効である。
3 本件移籍の合理的理由の欠如
仮に、本件移籍が保安規程第一〇条第二項の「転任」に該当するとしても、右移籍は降格処分であり、これについて原告の同意がないとすると降格処分をするだけの合理的ないし相当理由がなければ許されない。しかるに、本件移籍はその合理的ないし相当理由がないから無効である。それ故、右移籍を保安規程第一〇条第二項の転任に該当するとしてなした電気主任技術者解任も無効である。
4 不当労働行為
被告のなした本件移籍及び電気主任技術者解任は、労働組合法第七条一号に該当する不当労働行為であって違法無効である。
(一) 不利益取扱該当性について
(1) 電気主任技術者の解任に伴う不利益
右解任によって、原告は、請求原因二5で摘示したような高賃金を維持できなくなり、昇進への期待も小さくなる。
また原告は、これまで電気主任技術者として生きてきたが、電気主任技術者たる地位を奪われその職務の遂行ができなくなれば、日々進歩発展する電気技術に関する技術者としての向上進歩が阻害され、今後電気主任技術者としての生命が絶たれる可能性が極めて大きい。そうなれば、電気主任技術者として生きてきた原告は、労働者としても死を宣告されたに等しいことになり、その不利益は極めて重大である。
(2) 本件移籍に伴う不利益
電気係長からスタッフになるということは監督職から担当者になるということであり職制上の地位の降格である。それに伴う給与等の不利益は請求原因三摘示のとおりである。
そして、この給与的不利益は、被告が近々職能給を導入することが確実であるため(監督者は職能の評価上プラスに評価される。)、決定的なものになる。
(二) 組合活動
(1) 原告の組合活動
原告は、昭和四八年一〇月からネッスル日本労働組合(以下単に「組合」ということがある。)島田支部(以下単に「島田支部」ということがある。)の組合員となり、昭和四九年九月から昭和五〇年九月まで同支部の副委員長、同年九月から昭和五五年九月まで委員長兼ネッスル日本労働組合本部執行委員であった。
この間同支部及び同労働組合は飛躍的に発展した。ところが、被告が役員を退任した後の昭和五六年三月ころから被告会社によっていわゆるインフォーマル組織(課長、係長を中心とする非公然組合丸抱え組織)が結成され組合弱体化工作が開始され、昭和五七年三月ころまでには原告を除いた全ての係長が、組合員であったにもかかわらず、インフォーマル組織のメンバーとなって組合丸抱え工作を進めていた。そんな中にあって、原告は、元支部執行委員長として弱体化しつつあった同支部の結束を維持するために積極的に組合役員たちを協力指導してきた。
(2) ネッスル日本労働組合の活動について
原告が所属しているネッスル日本労働組合は、昭和四〇年一一月に約四〇〇名の組合員を結集して設立された。右組合は、昭和四五年一二月に協約闘争で初のストライキを行った。そして、翌昭和四六年五月に、八六ケ条からなる労働協約を被告との間で締結した。
組合は、昭和四七年四月には、春闘で初のストライキを行い、昭和四九年秋からは秋闘にも取り組むようになった。また、昭和五二年九月以降、神戸支部あるいは本部は頸肩腕障害に関する闘争に本格的に取り組むようになった。
組合は、昭和四七年九月に中立労連系の食品労連に加盟した。ネッスル日本労働組合は、労働者の正当な要求を実現するためには粘り強く会社と交渉し、場合によってはストライキも辞さないと考える、いわゆる民主的なたたかう組合であった。決して、使用者が通常望むような労使協調路線をとってはいなかった。
(3) 被告会社の組合敵視の政策について
<1> 被告は、ネッスル日本労働組合が設立された昭和四〇年一一月から数年間は、いわゆる外資系の企業として職場の労働条件を整備するために、右労働組合ともある程度妥協してきた。しかしながら、右労働組合が、昭和四六年五月の労働協約獲得後、昭和四七年四月以降春闘でストライキを行ったり、昭和四九年秋以降秋闘を組織したりして、また頸肩腕障害問題に組合が本格的に取り組むようになって、組織が強化され、運動が前進してくるとともに、被告は組合を敵視するようになった。
被告は、昭和四八年に労務専門部として労務部を設立した。昭和五〇年には、人事部に塚田淳夫を入れた。同人は、アメリカ海軍極東輸送司令部で人事・労務を、日本コカコーラ株式会社で人事を担当していた人物であった。そして、昭和五一年四月には、やはり外資系の企業である日本NCR大磯工場で人事・労務等を行う総務部長をしていた吉沢肆喜を労務部長代理として入社させた。さらに、昭和五二年三月には、やはり日本NCRにおいて労働組合の書記長をしていた臼井久祐を労務部に入れた。同人は、全国金属労働組合NCR支部の書記長をしていたが、同組合の右翼的分裂に積極的に加わり、自らも第二組合に走った者であった。
このように、被告は、人事・労務に、外資系の企業の人事・労務部門を専門的に渡り歩く者や、労働組合内部にあって組合を使用者に従属させるように変質させてきた者を配置してきた。そして、昭和五二年には、労務部を社長直轄とした。これらは、昭和五六年以降顕在化したインフォーマルの動き、組合分裂策動の布石であった。
こうした中で、労働組合と会社との労使関係は、緊張化を増した。昭和五三年三月には、右塚田淳夫が社員研修会において、組合の頸肩腕障害に対する取り組みを弱くするため、また組合不信を社員につのらせることを意図して、不当な組合攻撃発言を行った(以下「塚田事件」という。)。この塚田事件については、昭和五三年四月、兵庫県地方労働委員会に不当労働行為の申立がなされた。その後、労使関係は極度に緊張し、裁判所・地方労働委員会に係属する事件が急増した。
<2> 被告労務部は、昭和五七年六月一八日以前から、キースタッフ(課長以上の管理職)に宛て、秘密文書「CONFIDENTIAL」を作成し、その内容を会社に周知させた。
それは、ネッスル日本労働組合の本部批判であり、本部執行委員会が共産党系であるとか、弁護団が共産党系であるとするもので、徹底した「アカ攻撃」をしている。被告が、ネッスル日本労働組合のたたかう姿勢を敵視していたことは明白である。これらの攻撃は、右キースタッフを経由して、文書そのもの、あるいは会社教育等を通じて下級職制にまで徹底されていた。
<3> 被告は、昭和五六年になって、管理職が中心となり労働組合の転覆を目的として、下級職制を結集して、インフォーマル(非公然)組織を作った。
右のインフォーマルの動きとして、昭和五六年の春闘のスト権確立投票において、×印(ストに反対の意)をうつよう組合員に工作してきた。また、昭和五六年の第一六回全国大会の組合本部役員選挙に当って、インフォーマルのグループは、はじめて定数一杯の対立候補者を立てた。これらのインフォーマル派の主張は、「組合の本部は闘争至上主義だ。」とか、「本部提案の公認会計士は共産党系だから変更しろ。」とか、労働戦線の統一問題については、「本部の方針は、統一労組懇の主張と同じだ。」などというもので、くしくも、前記秘密文書の論調と全く符号するものであった。
被告は、右インフォーマル組織を使って、昭和五七年八月には、第一七回全国大会の役員選挙に介入し、各種の選挙干渉をさせた。また、同年一一月には組合本部を分裂させ、同年一二月以降は、全国各地の組合支部を分裂させた。島田支部は、一二月一九日に事実上分裂したが、被告は、この選挙に当って第二組合づくりのために支配介入を行った。
<4> 被告は、昭和五七年一一月にネッスル日本労働組合全国本部を分裂させたあと、同年一二月以降、全国各地の支部組合を分裂させた。
そして、分裂後は、いわゆる第二組合だけを正当な労働組合として扱い、第一組合の労働組合性を否認して、第一組合員の給与から勝手に組合費を控除して、これを第二組合に渡したり、第一組合からの団体交渉を拒否してきた。この点に関しては、第一組合東京支部、第一組合霞ケ浦支部、第一組合島田支部及び第一組合日高支部が第一組合本部とともに、各地労委に救済命令の申立をした。このうち、前三支部の申立については、すでに各地労委において初審命令が出され、いずれも基本的に第一組合側の主張が認められ、被告の不当労働行為の事実が認定された。この三つの初審命令については、いずれも被告は中央労働委員会に再審査の申立をしたが、このうち東京支部の分については、昭和六〇年一二月に中労委命令が出され、ここでは、会社による組合費の控除・団体交渉拒否が不当労働行為であることが明快に述べられている。引き続く、中労委の命令が同様に会社側の不当労働行為を認定することも決定的である。
島田支部に限って言えば、被告は、昭和五八年一月以降、第一組合の組合事務所使用妨害を行ったが、同年二月、静岡地方裁判所は、被告に対して組合事務所使用妨害禁止の仮処分決定をなした。また、同裁判所は、同年一一月チェックオフ禁止の仮処分決定もなした。なお、被告は、最近でも第一組合員だけを差別的に勤続一〇年の表彰をしなかったり、会社の利子補給制度を利用させなかったりしている。また、第一組合員のビラまき活動に妨害を加えたり、第一組合宛の郵便物を、第一組合は存在しないとしてこれを横領して第二組合に渡したりしている。これらの問題についての第一組合からの団体交渉の申出に対しても、これを不当に拒否している。第一組合島田支部は、これらの会社の行為を不当労働行為として、昭和六〇年二月、三月に静岡県地方労働委員会に救済命令の申立をなしている。右の郵便物については、昭和六〇年一一月に、静岡地方裁判所は、被告に対し、第一組合宛の郵便物を第一組合に渡すよう仮処分決定を出している。
以上述べたとおり、被告は、組合(第一組合)を弱体化させるためにありとあらゆる不当労働行為を行っている。
(三) 原告の不利益処分の不当労働行為性
(二)(3)で述べたとおり、被告は、組合(第一組合)を弱体化させるためにありとあらゆる不当労働行為を行っているのであり、原告に対する不利益処分もその一環である。
即ち、被告島田工場においては、電気の保守管理の部門の最高責任者に労働組合の中心的メンバーである原告が就任しており、この者が電気係長として職制上重要な地位にいることが、労働組合攻撃をして行く過程でどうしても障害となった。かと言って、原告を電気主任技術者から解任し、電気係長から平の電気係員に降格することは、誰が見ても不当性が顕著であるので、原告をパシフィックプロジェクトに従事させるため工務事務所へ移すという形式を借りて目的を達成しようと考えたものである。
被告が右のような目的をもって原告を解任・降格したことは、右解任・降格に先だって被告が原告に対して不当な圧力を加えてきたこと、右解任・降格の手続の異常性から見ても明らかである。
即ち、
(1) 被告島田工場工場長は、昭和五六年一二月一四日、原告に対し、「あなたは、電気主任技術者として申し分ないが、電気職場長としてふさわしくない行動をしているので注意するように。」と忠告してきた。
(2) 同工場長は、昭和五七年一月七日、被告本社からの要求だとして兵庫県にある広田工場への転勤を打診してきた(原告は、これに対しては、電気主任技術者として特高受電設備増設工事を担当していること、自宅を新築したばかりであること及び広田工場は規模が小さくなるので電気主任技術者としてのランクが下るという理由から転勤できないと答えた。)。
右のように、被告は、組合弱体化工作に協力しない原告に対し、電気主任技術者解任に先だって不当な圧力を加えてきた。
(3) 被告は、まず昭和五七年四月二八日に、原告を工務事務所へ配置転換したい旨を原告に伝えてきた。もちろん、原告は、これには同意しなかったが、会社は、係長職から降格するとか、ましてや電気主任技術者から解任するなどということは全く告げていない。島田支部の組合は、右原告の配置転換については強く反対し、同日、「電気職場から工務事務所への配転・移籍」の問題として団体交渉の申入れをしている。
工場長は、右団体交渉申入れを拒否したため、島田支部は、同月三〇日再度工場長に対して団体交渉を申入れた。
原告は、同年五月六日、前記移籍に関する業務命令を一時保留すべく文書で異議の申立てを行ったが、工場長は、原告に対し、五月一〇日から技術事務所に移籍するよう通知した。
同日、島田支部は、工場長の団体交渉拒否に対し、三度目の団体交渉の申し入れをした。
原告は、同月九日付で工場長に対し移籍には応じられない旨通知した。
同月一〇日、工場長は、移籍に応じないかぎり業務命令違反として原告を懲戒処分にする旨通知してきた。
島田支部は、同日、工場長に対し、原告の被告に対する異議申立て及びそれを受けての組合の団体交渉申入れを被告が拒否している以上五月一〇日付の原告の配転はありえない旨通知した。
原告は、同月一一日、前日工場長から移籍しなければ業務命令違反として懲戒処分にする旨の通知を受けていたために、労働条件等の問題については権利を留保するが、業務を遂行するために暫定的に移籍する旨工場長に通知した。
島田支部は、同月一二日、工場長に対して、四度目の団体交渉を申入れた。
原告は、同月一三日、移籍命令が無効であることを前提として暫定的に技術事務所に移った。
同年六月九日、被告は、原告の同意なく一方的に名古屋通商産業局に原告を電気主任技術者から解任する旨届出た。
同月一〇日、右解任届出の事実が原告に判明した。原告は、直ちに総務課長西川らに対し、右解任届出が不当である旨抗議した。
同月一一日、原告は、二木工場長代理に対し、右解任届出が工場長の通告(原告が電気主任技術者の業務を引き続き行なう)にも反していること、原告が電気主任技術者として採用された以上原告の同意なくして解任はありえないこと、また保安規程第一〇条にも違反していること等を述べ、直ちに電気主任技術者の地位に戻すよう要求した。
組合は、被告の原告に対する配転強行及び電気主任技術者の解任が不当労働行為であることから被告のその他の不当労働行為事実と共に、同月一四日、神戸地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立てを行った。
以上のような経過で、被告は、原告を電気係長から工務課技術事務所へ強行的に移籍させ、六月九日、原告に全く事前の連絡のないまま一方的に電気主任技術者解任の届出をした。このような手続は、組合と原告との労働協約第二一条(一時的でない職種の変更で大幅な労働条件の変更を伴う場合、当該組合員及び組合に対して同時に事前通告し、正当な理由で異議の申立てがある時は、会社と組合とで協議する)に反するもので、誠に異常というほかない。この異常性は、本件解任及び移籍が、会社の組合敵視の政策、組合の組織破壊の一環としてなされたことを如実に示すものである。
5 禁反言、信義則違反
(一) 被告は、原告に対し本件移籍を命じるに際し、原告に引続き電気主任技術者の職務を続けさせると言明していたのであって、それに反して後から本件移籍が「転任」に該当するから電気主任技術者から解任するというのは禁反言、信義則違反であって許されない。
(二) 即ち、被告が原告に対し本件移籍を命じた経緯は次のとおりである。
(1) 被告島田工場工場長フレイ(以下単に「工場長」ということがある。)は、原告に対し、昭和五七年四月二八日午前一〇時半過ぎから、口頭で電気職場の組織変更をすることを通告した。その概要は、被告島田工場で被告製品の一つである「ゴールドブレンド」の製造設備を新たに設けるために特別に編成されたパシフィックプロジェクトチームの業務と保守管理業務を五月一〇日から分離するというものであった。その際の同人の説明によれば、原告にプロジェクト業務を担当させ<1>電気主任技術者<2>パシフィックプロジェクトおよび他のプロジェクト<3>機械の大きな変更業務<4>大きな保守管理の監督<5>省エネルギー対策、研究<6>図面管理<7>コンピューター導入業務(副業)を担当させるということであった(なお日常的な保主管理業務は原告の部下である田中直己に担当させるということであった。)。
そして、右業務を遂行するについては原告に工務課技術事務所に移籍してほしいということであったが、原告の電気係長としての地位については言及がなかったために、原告は電気係長の地位の降格まで同人が考えているとは思わなかった。
(2) 原告は、同日午後一時過ぎころ、被告島田工場の西川総務課長の所へ、プロジェクト業務と保守管理業務を分離し原告の電気主任技術者及び電気係長としての権限を減少させ原告を工務課技術事務所へ配置転換するのは不当であるから再考すべき旨のフレイ工場長宛の文書を持っていったが、その際原告の電気係長としての地位のことが気にかかったので西川に対して尋ねた。西川はフレイ工場長に確かめてみるとのことであったが、午後三時ころ、電気係長としての地位もなくなる旨原告に伝えた。その後、工場長作成の保守管理業務とプロジェクト業務を分離し原告を技術事務所に移籍する旨の文書が掲示された。
(三) 以上のとおり、被告は、本件移籍を原告に命じるに際し、引続き原告に電気主任技術者の職務を続けさせると言明していたのであって、その言葉に反して本件移籍を解任事由として原告を電気主任技術者から解任することは絶対に許されない。
6 以上、いずれの点から見ても、本件解任及び移籍は無効である。
六 よって、原告は被告に対し、原告が被告島田工場における工務課電気係長及び電気主任技術者の地位を有することの確認を求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一(当事者)の事実について
1 同1の事実は認める。
2 同2の事実中、原告が昭和四八年四月一日被告島田工場に採用されたこと、同工場工務課電気係長として勤務してきたことは認めるが、電気主任技術者として採用されたとの点及び電気主任技術者として勤務してきた点は争う。
二 請求原因二(電気主任技術者の地位)の事実について
1 同1の事実中前段は認めるが、後段の主張は争う。
電気主任技術者とは、電気事業法に基づき、その選任及び監督官庁への届出が企業に義務づけられているものである。すなわち、労働安全衛生法に基づく安全管理者、衛生管理者などと同様、あくまでこれを置くべきことが行政上義務づけられているものであって、決して会社の職制上の地位ではないのである。しかして、誰を電気主任技術者として届出るかは、いわば会社の専権事項であり、しかも、電気事業法上、監督官庁への届出によってはじめて電気主任技術者としての地位が確定するものである。本件では、すでに原告について解任の届出がなされている。かかる以上、右地位の確認を求める訴えは、監督官庁への選任届出がないにもかかわらず、すなわち電気事業法上未だ電気主任技術者たる地位が発生していないにもかかわらず、その地位の確認を求めるものであって、そもそもこの点からして、容れられる余地のないものと言わなければならない。
また、保安規程も監督官庁に対してその運用を約したものであって、もちろん被告としてもその規定をおろそかにするものではないが、法的な側面から見るならば、会社と当該電気主任技術者との間において権利義務を設定するものとは言えないのである。
2 同2の事実中、(一)の事実は認めるが、(二)の主張はこれを争う。
3 同3の事実中、原告が昭和四八年一月末ころ同年四月一日から採用されることが決まったこと、原告の基本初任給が被告の社内基準より高かったこと、原告が昭和四八年六月以降被告島田工場の電気主任技術者の立場にあったことは認めるが、その余は争う。
4 同4の事実について
(一) 同(一)の事実は否認する。
原告は、電気係長として上司の工務課長を補佐する立場にはあったものの、記載の業務を統括するとかいった立場にはなかった。原告は、電気係長として、工務課長の指示のもとに同工場の電気設備のメインテナンス業務などを担当していたにとどまる。
パシフィックプロジェクトの電気関係業務は全て課長代理である秋山公昭が統括していたのであり、原告は、同人の指示、指導の下に特高受電設備などを担当していたにとどまる。
なお、工務課電気係には、改善工事班、管理班、保全修理班などといった班編成は置かれていない。
(二) 同(二)の主張は争う。
5 同5の事実について
(一) 同(一)の事実中原告の基本初任給が被告の社内基準より高かったことは認めるが、その余の主張は争う。
被告会社では、昇給金額は、学歴、年齢、勤続年数によって画一的に決定される仕組みとなっており、一時金の額も、このようにして画一的に決定される基本給の額に一定数値を乗じて算出されるのであって、これまた画一的に決定されることになる(いわゆる査定制度はとられていない。)。また電気主任技術者であることから特別の手当が支給されることもない。したがって、電気主任技術者から外れることによって支給される賃金、一時金などの点で不利益になることもない。
(二) 同(二)の事実は否認する。
電気主任技術者は行政取締法規上の立場であって会社の職制では決してない。この立場から外れることと、会社職制上の昇進の問題とは何ら関係がない。
三 請求原因三(工務課電気係長の地位)の事実について
右事実中、工務課電気係長の地位が労働条件であるとの主張は争うが、その余の事実は明らかに争わない。
四 請求原因四(被告による原告の解任)の事実について
認める。
五 請求原因五(解任の無効事由)の事実について
1 同1の主張は争う。
電気主任技術者たる地位は、行政取締法規上の地位であって、その解任は会社の専権事項である。従って、たとえ、保安規程に則ることなく原告を解任したとしても、そのことが監督官庁との間で行政法上の問題となることはあっても、原告と被告間の私法上の法律関係においては、問題となる余地はない。
2 同2の主張は争う。
3 同3の主張も争う。
4 同4の事実について
前文の主張は争う。
(一) 同(一)の事実について
(1) 同(1)の事実に対する認容は、請求原因二5の事実に対する認否と同じであるから、ここにこれを引用する。
(2) 同(2)の事実について
争う
監督者手当(係長手当)の額は、総支給額に占める割合ということになれば僅かなものであり、しかも、その手当が支給されるのも部下係員を指揮・監督しなければならないという心身の労苦、負わされる責任に対するものであって、こうした職務から外れれば支給の対象とならないことはこれまた当然のことであって、これをもって不利益というに足りない。
(二) 同(二)について
(1) 同(1)の事実中前段は認めるが、後段は争う。
(2) 同(2)の事実は、否認もしくは争う。
(3) 同(3)の事実は、否認もしくは争う。
(三) 同(三)の事実について
前文の主張は争う。
(1) 同(1)の事実中、工場長が原告に注意を与えたことは認めるが、その余の事実は否認する。
工場長が原告に注意を与えたのは、原告の自席にある電話及び朝のラジオ体操の実施に関する事項についてであり、原告の主張するような趣旨のものではない。
(2) 同(2)の事実中、原告に対し広田工場への転勤を打診したこと、原告が右打診に対して転勤には応じられない旨答えたことは認めるが、右打診が原告に対する不当な圧力であることは争う。
転勤の打診は、広田工場のクレマトップ製造ラインの増設工事に伴うものであって、業務内容、経験からして原告が適任と考えられたからに外ならない。
(3) 同(3)の事実について
会社が原告の係長職からの移籍、電気主任技術者からの解任の事実を原告に伝えなかったという点は否認する。会社が強行的・一方的に本件移籍及び解任を行ったという点、手続が労働協約に反し異常であるという点、本件解任・移籍が組合敵視の政策・組合の組織破壊の一環としてなされたという点の主張は、いずれも争う。
5 同5の事実について
(一) 同(一)の主張は争う。
(二) 同(二)の事実について
工場長が昭和五七年四月二八日原告に対し、業務の分離を通告したこと、原告の業務として記載の<2>ないし<7>を指示したこと、保守管理業務を田中直己が担当することになったことは認めるが、その余は争う。
会社は、「電気主任技術者及び職場長(すなわち係長)から解任」する旨申し伝えた。
(三) 同(三)の主張は争う。
6 同6の主張は争う。
(被告の主張)
一 会社は、一定の範囲内でその従業員の職務の変更をなす権限を有するものであり、被告も大幅な労働条件の変更を伴わないものであるかぎり、自由にその従業員の職務の変更をなす権限を有する。
即ち、被告とネッスル日本労働組合との間の労働協約第二一条では、「会社は組合員の職種を同一事業所内において変更することがある。」と定められ、更に、「一時的でない職種の変更で大幅な労働条件の変更を伴う場合、当該組合員及び組合に対して同時に事前通告し、正当な理由で異議の申し立てがある時は、会社と組合とで協議する。」とされている。その趣旨は、同一事業場内における職種の変更については、原則として会社側の権限に委ね、大幅な労働条件の変更を伴うというごく例外的な場合に限ってこれをチェックしようとするものである。
本件移籍は、同一事業場内で同一の課の中において、しかも同じ電気設備にかかわる職場の範囲内で行われたにすぎず、これが、大幅な労働条件の変更に該らないことは明らかである。
したがって、本件移籍は、会社の正当な権限の行使であり、しかも、右移籍には次のような合理的理由が存する。
二 本件移籍の合理性
1 原告は、被告島田工場工務課電気係長として、工務課長の指揮監督の下に、同工場の電気設備一般の保守管理業務に従事してきたものであるが、併せて電気事業法第七二条にもとづく電気主任技術者の立場にあったものである。
2 前記パシフィックプロジェクトチームは、本社技術部直轄の特別のプロジェクトチームとして昭和五六年二月に編成されたものである。このように、特別のプロジェクトチームが編成されたのは、新たに設けられる「ゴールドブレンド」の製造設備が、被告島田工場の既存設備にほぼ匹敵するという大工事であったためである。
右プロジェクトチームの電気部門については、昭和五六年二月、秋山公昭が課長代理としてその責任者に任じられ、右プロジェクトの電気関係業務を統括することになった。ちなみに、右秋山は、昭和五五年九月ころの計画立案並びに技術習得の段階から右プロジェクトに関与し、右計画立案のために渡欧するなどしたが、それ以前には被告霞ケ浦工場で工務課長代理の職に就き、同工場の電気主任技術者の立場にあったものである。
3 原告は、電気係長として被告島田工場の既存電気設備一般の保守管理業務に従事していたものであるが、昭和五六年二月以降は右秋山課長代理の指揮、監督のもとに、右プロジェクトの電気関係業務にも関与することになった。
ちなみに、右のごとく秋山課長代理の指揮監督の下に原告が従事したのは、特高受電設備、排水処理設備、各棟の電気設備、流動床ボイラーの高圧電力盤、デマント・コントローラー・システム等にかかわる設計、見積、工事監督などの業務である。
すなわち、原告は、電気係長として既存の電気設備のメインテナンス業務にあたるとともに、併せて、右プロジェクト関係業務をも処理しなければならないことになったのである。
4 右プロジェクトの業務は、当初神戸の本社で行われていたが、昭和五六年一一月からは秋山が被告島田工場に着任し、実際に同工場内での業務が取り行われる運びとなった(但し、組織上は依然として本社技術部直轄のままであった。)。その前後から、右業務は一段と繁忙を極めるようになり、電気関係業務については、とりわけ秋山課長代理のもとで直接これを担当する原告についてその比重が増し、電気係長として既存の電気保守管理にあたる業務と、右プロジェクト関連業務を原告一人で処理することが次第に困難な状況となった。
このことは、原告の時間外労働の推移を見ても明らかである。すなわち、昭和五六年三月ないし昭和五七年二月の一年間についてこれを見た場合、一ケ月あたり約一七時間程度にとどまっているが、昭和五七年三月ないし五月の三ケ月間では一ケ月あたり約四五時間ほどにもなり、同年三月ないし一二月の一〇ケ月間で見ても一ケ月あたり同じく約四五時間ほどに及んでいるのである。これは、ひとえに前記のような事情によるものである。
5 そこで、被告としては、昭和五七年五月一〇日以降、原告が一人であたっていた二つの業務を分離し、原告には工務課長のスタッフ(電気技術員)として前記プロジェクト関連業務に専従させることとし、一方、新たに田中直己を電気係長に任命して、既存設備の保守、管理業務にあたらせることとした。
なお、昭和五七年五月七日、特高受電設備が完成し、被告島田工場に移管されたことに伴い、前記秋山は、同月一〇日以降プロジェクトチームの課長代理と被告島田工場工務課の課長代理とを兼任することとなった。すなわち、同人は、パシフィックプロジェクトチームの課長代理として右プロジェクトの電気関係業務を引き続き統括するとともに、併せて、被告島田工場の工務課課長代理として、同課電気係長以下の係員を指揮し、同工場の電気設備(同工場の既存設備ならびに新たに移管された右設備)の保守管理にあたることとなった。
右職務変更により、原告は、いわゆるラインの管理、監督者から外れて、スタッフ業務に従事することとなり、一方、秋山が被告島田工場工務課の課長代理として電気係長以下を指揮する立場となったものである。
6 以上、原告の本件移籍は、パシフィックプロジェクトの業務の進行に伴い(特に、同プロジェクトの業務が実際に被告島田工場で取り行われるようになってから)、同プロジェクト関係の業務と電気係長としての既存の電気設備の保守、管理にあたる業務を原告一人で処理することが困難な状況になったことに伴う措置であって、もとより合理的なものである。
三 本件解任の合理性
1 電気主任技術者たる地位は、前記のとおり、行政監督上の地位にとどまり、原被告間の労働契約という私法上の問題とは関係がないから、その地位の解任について原告との間でその合理性を論じる余地はない。しかし、仮に、本件解任に合理的理由が要求されるとしても、本件解任は前記本件移籍(それが合理的であることは前記のとおりである)に伴うもので合理性がある。
2 保安規程第一〇条第二項にいう「転任」とは、他の事業所への転勤だけではなく、他職場への職務変更を含むと解される。
電気主任技術者として法令および保安規程にもとづく職務を全うするためには、電気関係業務の従事者に種々の指示を与え、円滑にこれを遂行させなければならない必要性が生じることから、会社の職制上これら従業員に対して指揮監督権を有するラインの管理、監督者が電気主任技術者になることが至当であるとされる。従って、電気主任技術者であった者が、会社の業務上の理由によって、ラインの管理者(部下を指揮監督する現場の管理、監督者)から部下を持たないで企画、立案などの業務に従事するいわゆる「スタッフ部門」に職務変更となったような場合には、これに伴って、電気主任技術者としての立場から外れることはいわば当然の帰結なのである。
このように、保安規程第一〇条第二項にいう「転任」とは、電気部門のラインの管理、監督者からスタッフ部門に職務変更になった場合のごとく、引き続きその者に電気主任技術者としての職務を遂行させることが相応しくないような場合も当然に含むものである。
3 前記のように、本件移籍により、原告は、電気係長の業務から離れ、パシフィックプロジェクト関係の業務に専従することになった。
一方前記秋山は、右プロジェクトチームの課長代理としてその電気関係業務を統括するとともに、被告島田工場工務課課長代理として、同課電気係長以下の係員を指揮して同工場の電気設備(その中には従来の既存設備だけでなく、右プロジェクトチームから同工場に移管された特高受電設備などを含む。)の保守、管理業務にあたることになった。すなわち、右職務変更により、原告はラインの管理、監督者の立場を離れて、いわゆるスタッフの業務に従事することになり、一方、秋山は工務課長代理として工務課長のもとに同工場の電気関係部門全体をたばねる責任者となったものである。
従って、右職務変更後の両者の職務内容、置かれている地位、立場などからして、電気主任技術者たるべき者としては原告よりも秋山の方が相応しいことは明らかであり、秋山がこれに就任することが電気事業法の趣旨にも適うと言わなければならない。このように、原告の右職務変更、すなわち「転任」に伴い、原告を電気主任技術者から解任し、秋山をこれに選任した今回の措置は十分に合理性を有する。
(被告の主張に対する認否及び原告の反論)
一 被告の主張一について
労働協約第二一条に掲記の記載があることは認めるが、その余の主張は争う。
二 被告の主張二(本件移籍の合理性)の事実について
1 同1の事実中、原告が工務課電気係長であるとともに電気主任技術者の立場にあったことは認めるが、工務課長の指揮監督下にあったことは否認する。
原告は、工務課電気係長であるとともに、電気主任技術者として工場長を補佐し、電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安監督の業務を総括するとともに、様々なプロジェクトの電気関係業務を担当統括してきた。
2 同2の事実中、ゴールドブレンドの製造設備を被告島田工場に新たに設けるために本社技術部直轄のパシフィックプロジェクトチームが編成されたこと、秋山が右プロジェクトの電気関係業務を統括することになったこと、秋山が昭和五五年九月計画立案並びに技術習得などのために渡欧するなどしたが、それ以前には被告霞ケ浦工場で工務課課長代理の職につき、同工場の電気主任技術者の立場にあったことは認めるが、その余は否認する。
秋山が右プロジェクトの関係業務を統括することとなったのは、同人が被告島田工場に着任した昭和五六年一一月以降であり、同人は、工務課課長代理でもなかった。
3 同3の主張は争う。
原告は、以前から、様々なプロジェクトの電気関係業務を担当統括してきた。また、原告は独立して特高受電設備を担当していたものであり(強いて言えば、プロジェクトリーダーの下野正信に特高受電設備の進行状況等を報告していたのである。)、秋山から指示、指導を受けたことはない。秋山が直接生産に関係する電気設備(コーヒー抽出工程、コーヒー焙煎工程及びコーヒー凍結乾燥工程)を担当し、原告が特高受電設備、排水処理設備などの生産関係以外のエネルギー等に関係する設備を担当していたのである。
4 同4の事実は否認する。
パシフィックプロジェクトの関連業務であるところの特高受電設備増設工事は、昭和五七年五月七日に完成しており、また、排水処理設備増設工事は、特高受電設備増設工事に比較して一〇分の一程度の規模であり、しかも当時原告の担当する同工事に係わる業務は、既に五〇パーセント以上進行していたのであるから、昭和五七年五月ころ原告においてパシフィックプロジェクト業務の比重が増加して、電気係長の職務との双方を処理することが困難な状況になったということはできない。
なお、被告は、原告の時間外労働の推移を持ち出し、業務分離、移籍の理由としているが、これも理由とはならない。
原告の昭和五七年三月ないし五月の時間外労働が月間約四五時間になっているのは、当時既設の特高受電設備と増設の特高受電設備の接続工事を行ったためであったが、その接続工事のためには被告島田工場の全機械設備を停電させる必要があり、それは機械稼動中(生産中)はできなかった為、機械の稼動が停止する土曜日、日曜日(被告会社は週休二日制である)、祝日などに実施しなければならなかった。そのため昭和五七年二月末から同年五月末まで合計六回延べ日数一〇日間に及ぶ全停電工事を原告が参加して休日に行ったものである。その結果、原告の時間外労働が月平均四五時間となったのである。よって、原告の通常の勤務日における業務が多忙なために残業しなければならなかったということではない。
また、同年五月から一二月までの時間外労働が増えているのは、昭和五七年五月一〇日以前原告が電気係長の時代には、原告は、部下三名を使用してプロジェクト業務の仕事をすることができたにもかかわらず、同日以後移籍をさせられた後は、全て自分一人で仕事を処理しなければならなかったからである。それ故、原告の時間外労働が増えたのはプロジェクトの全体的仕事量が増えたのではなく、部下を使用できなくなったために自分自身で全て処理しなければならなくなったからである。
以上のとおりであるから、被告の原告についての時間外労働増加の主張は、こじつけにすぎないことは明らかである。
5 同5の事実中、被告が昭和五七年五月一〇日業務を分離し、原告には工務課長のスタッフとして前記プロジェクト関連業務に従事させ、新たに田中直己を電気係長に任命したことは認めるが、その余の事実は否認する。
昭和五七年五月一〇日に原告の業務を分離する必要は全くなかった。
また、工務課長下のスタッフ(電気技術員)なるものは、被告島田工場の創設以来全く存在せず、昭和五七年五月一〇日突然置かれたものであり、原告を移籍するためにつくられたポストである。この電気技術員なるものが行う業務は、それまで電気主任技術者でありかつ電気係長であった原告の直接及び間接の業務範囲であったのであり、このようなポストを創設する必要は全くなかった。これは、原告を移籍させるための全くの口実としてのポストであるというしかない。
このように工務課長下のスタッフというポストが原告を移籍させるための口実としてのポストにすぎなかったことは、原告が移籍させられてパシフィックプロジェクト関連業務の専業となった後に、却って原告担当の同業務が激減してしまったという事実からも明らかである。
すなわち、プロジェクト工事について言えば、移籍前である昭和五六年五月から昭和五七年四月までの一年間に原告が担当した工事が代表的なもので約二〇件、総額約一億円であったにもかかわらず、移籍後である昭和五七年五月から昭和五八年四月までは約三〇件、総額約四一〇〇万円、昭和五八年五月から昭和五九年四月までは約一〇件、総額約四〇〇万円、昭和五九年五月から同年一一月までは約一〇件、総額四〇〇万円に激減しているのである。
また補修関連の担当工事について言えば、昭和五六年五月から昭和五七年四月までは約三〇ないし四〇件の総額約五〇〇万円であったにもかかわらず、移籍後の昭和五七年五月から昭和五八年四月までは、全く担当工事がなかったのである。
このような事実からも移籍の必要性が全くなかったことがわかる。
原告は、昭和四八年六月以降電気主任技術者として被告島田工場の全電気工作物の工事、維持、運用の保管監督業務を統括してきたものであり、また、電気係長としても昭和四八年一〇月以降その職務を遂行してきた。このような原告に対して、後から付加的に担当させたパシフィックプロジェクト関連業務を理由に本来の職務である電気主任技術者及び電気係長としての地位を奪い取ってしまうというのは、通常の人事から言えば全く異常と言うしかないはずである。原告を移籍させる必要がなかったことは前述のとおりであるが、仮に被告の主張どおり原告が双方の職務をこなすことが困難となったとしたら、原告には電気主任技術者及び電気係長としての職務に専念させ、他の者にプロジェクト関連業務を行なわせるという方が適当なはずである。しかも、当時原告の部下三名は、プロジェクト業務に従事していたのであるから、そのうち一名なり二名なりをプロジェクト業務の専業にさせればよかったのである。
6 同6の主張は争う。
三 被告の主張三(本件解任の合理性)の事実について
1 同1の主張は争う。
2 同2の主張も争う。
保安規程の解任制限条項は、電気主任技術者に電気工作物の保安の監督を尽くさせるために、会社の恣意による解任から電気主任技術者を守る規定であるが、被告主張のように「転任」に単なる職場内の職務変更が含まれるとするならば、会社はいつでも適当な配転を行って、実質的に自由に(恣意的に)、電気主任技術者を解任できることになるのである。このようなことを保安規程の解任制限条項が認めているとは到底考えられない。同条項の「転任」の意味は、このような条項制定の趣旨からも、またその第一項及び第二項がきわめて限定的な解任事由を定めていることからも、被告の主張するような単に同じ職場内の職務変更を含むと解釈されるべきでなく、他の事業所への移動、すなわち転勤を意味すると解釈されるべきである。
また、被告は、原告が電気係長というラインから外されて工務課長のスタッフとなったことを「転任」に該当する一つの理由としているようであるが、電気主任技術者はラインである場合とスタッフである場合の両方が認められており、電気主任技術者はラインでなければならないとか、ラインの方がスタッフより適当であるということは言えない。事実、被告姫路工場では長い間電気設備を直接保守管理する業務でない技術事務所のスタッフが電気主任技術者の地位にあり、被告の主張は、このような事実と矛盾するものである。
また、原告自身も昭和四八年六月から被告島田工場の電気主任技術者となっているが、これは試傭期間中であり、ラインということにかかわりなく電気主任技術者となっていたのであるから、ラインの方が適当であるとは言えないはずである。
3 同3の主張も争う
被告は、業務分離及び移籍を原告に命じる時点で原告に引続き電気主任技術者の職務を続けさせると言明していたのであるから、被告の主張する「原告が電気設備を直接保守管理する業務から外れたので」というのは、全くのこじつけにすぎない。原告が電気設備を直接保守管理する業務から外れたのではなく、被告が原告を電気主任技術者から解任するための口実とするために外したのである。
原告は、昭和四八年六月から昭和五七年六月の間継続して被告島田工場の電気主任技術者の任にあり法令及び同工場の保安規程に基づき職務を遂行してきたものである。昭和四八年六月当時の被告島田工場の電気工作物に関する保安体制は貧弱であったが、原告は、以後九年間にわたり部下の教育や保安体制確立に務めてきたのである。
秋山は、昭和四八年四月から昭和五二年一月に被告霞ヶ浦工場へ転任するまで原告の部下として原告の指導の下に電気設備保守業務に従事していたものであり、昭和五六年一一月にパシフィックプロジェクトのために被告島田工場へ転任してきたものである。
原告は、昭和四四年二月に国家試験によって第二種電気主任技術者の免状を取得し、昭和四八年六月から七万七〇〇〇ボルトの特高受電設備を有する自家用電気工作物の電気主任技術者として九年間の実務経験を有し第一種電気主任技術者免状取得の要件を満たしているものである。これに対し、秋山は原告の下にいた昭和四九年末ころ実務経験により第二種電気主任技術者免状を取得したものにすぎなく、その後の実務経験も第一種電気主任技術者免状の取得には全く及ばないものである。
電気主任技術者というのは、電気工作物の故障等が直接他の電気需要家に多大の影響を及ぼすことや当該事業所において非常な危険をもたらすため、万が一にもそのようなことがないように電気設備技術基準を維持させるために置かれている極めて重要な職務である。このような職務の重要性に照らしてみれば、実務経験が豊富で技術能力が高い者が電気主任技術者に選任されるべきは当然であり、その様な者(原告)を他の職務に放逐しておいて、実務経験が少なく技術能力が低い者(秋山)を選任するというのはもっての他である。
自家用電気工作部のかなめである特高受電設備を中心にした自主保安体制を確立していく上においては既存特高受電設備のみならず増設部分においても熟知していなければならないが、原告はパシフィックプロジェクトのうち特高受電設備の工事を昭和五六年二月から同設備完成の昭和五七年五月まで、被告島田工場電気主任技術者の立場で統括しかつ直接の担当者として法的手続(名古屋通産局への届出等)を含めたすべての業務にたずさわってきたのであり、電気主任技術者として最適任であることは当然である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因一(当事者)の事実について
1 同1の事実は当事者間に争いがない。
2 同2の事実中、原告が昭和四八年四月一日被告島田工場に採用されたこと、同工場工務課電気係長として勤務してきたことは、当事者間に争いがない。
原告が電気主任技術者として採用され電気主任技術者として勤務してきたか否かは、請求原因二の判断にかかることなので、同所で判断する。
二 請求原因二(電気主任技術者の地位)について
1 電気事業法第七二条第一項は「自家用電気工作物を設置する者は、自家用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督をさせるために主任技術者を選任しなければならない。」旨規定し、同条第三項は、「右選任及び解任を行政官庁に届出なければならない。」旨規定している。
そこで、右電気主任技術者たる地位が原告と被告との労働契約の労働条件となっていたかどうか、そして、その地位を有することの確認を求めることができるか否かについて判断することとするが、右に先だち、電気事業法及び同法第七二条の立法趣旨について検討を加える。
電気は、国民生活及び国民経済にとって欠くことのできない基礎エネルギーであり、これを供給する電気事業は、いわゆる公益事業の典型的なものであるとされる。即ち、電気事業は、国民生活に欠くことのできないエネルギーを提供する事業であり、しかも、その事業の遂行に膨大な固定設備を必要とするから、自由な競争を認めた場合には著しい二重投資を生じるため、国民経済全体の立場から見た場合には、自由な競争を制限し、独占を認め、独占から生じる幣害を防止するため国が企業と国民の間の利害を調整することが必要となる。
他面、電気事業用の電気施設は勿論、自家用の電気施設でもこれが電力系統に連がるものである以上、設備の内容・保安管理の瑕疵あるいは過負荷が生ずれば、それはその事業所内の事故を惹起するにとどまらず、電気事業の供給系統や給電運用に影響し、広範な需要家への電力供給に支障を与えかねないものである。そこで、右施設の保安の確保が肝要となる。
従って、電気事業法も右の各要請に従って、その規制内容も、<1>電気事業に関する規制と<2>電気施設の保安規制の二つに大きく分けられる。即ち、電気事業の前記公益事業としての性格から必要とされる規制と、電気事業用に限らず、一般の電気施設の保安を確保するために必要とされる規制とである。電気事業法の目的が、「電気の使用者の利益を保護し、及び電気事業の健全な発達を図る」とともに、「公共の安全を図る」ことにあるとしている(同法第一条)のは、この意味であると解される。
そして、電気施設に関する規制としては、<1>電気事業の用に供する電気工作物に関するもの、<2>自家用電気工作物に関するもの、<3>一般用電気工作物に関するものの三つに分けられる。
そこで、本件に関係のある自家用電気工作物に関する規制の内容を検討するに、電気事業法は、近時における自家用電気工作物の設置者の技術水準の向上にかんがみ、電気施設規制の簡素化をすると同時に、自主的保安体制を充実させ保安確保の万全を期するために、<1>保安規程の作成・届出<2>主任技術者という二つの制度を規定している。
(一) 保安規程の作成・届出等
自家用電気工作物の設置者は、社内の保安組織、電気工作物の運用、主任技術者の配置等について保安規程を定め、これを通商産業大臣に届け出なければならないとし、この保安規程が電気工作物の保安の確保上適切でないときは、通商産業大臣は、変更を命じることができるものとしている。自家用電気工作物の設置者は、保安規程を守らなければならないとして、自主保安体制の確立を期している(同法第五二条、第七四条第四項)。
(二) 電気主任技術者
前記のように同法第七二条第一項、第三項においてその職務及び選任・解任手続が規定されるとともに、その資格要件を明確化している(同法第九四条)。また、一方では自主保安体制の確立の趣旨を生かすため、その配置等については、保安規程にある程度まで委ねることができるようにしている。
以上、電気事業法を概観してきたが、右によれば、同法第七二条が規定する自家用電気工作物にかかる電気主任技術者は、電気施設の保安という目的のために設けられた制度であって、その地位は、行政取締法上のそれにすぎないと認められる。右法条の立法趣旨には、自家用電気工作物の設置者によって電気主任技術者として届出られた者の保護をも目的とするといった私法的要素は見い出しえない。
従って、電気主任技術者の地位は、労使間の労働契約の内容となることには、親しみにくい性質のものであり、その地位を有することの確認を求めることは原則としてできないと解するのが相当である。しかしながら、電気主任技術者として届出られた者に対し、そのことによって、当然に賃金等につき他の従業員とは別の取扱いをする社内の制度になっている場合には、電気主任技術者たることが労働契約の内容となることがあり、その地位を有することの確認を求めることができるものと解される。そこで、原告が、電気主任技術者たることが労働条件となっていたとする根拠(請求原因二の2ないし5)について検討を加える。
2 保安規程について
(一) 請求原因二2(一)の事実(保安規程の内容)については当事者間に争いがない。
(二) 右当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証、証人原田実の証言(理由中で摘示する採用できない部分を除く。以下同じ。)を総合すると次の事実が認められる(なお、理解に資するため、以下認定事実の他に当事者間に争いのない事実も適宜摘示する。)
被告は、島田工場における自家用電気工作物の設置に伴う届出が義務づけられた保安規程の作成にあたって、名古屋通商産業局の指導の下、同局の外郭団体である日本電気技術者協会の手引書(乙第二号証)をそのまま引き写して保安規程(甲第一号証)を作成したうえ、昭和四七年四月に名古屋通商産業局に届出た。右作成にあたって、手引書にある保安規程のモデルを、被告島田工場の実態に合うように手直ししたことはなかった。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 原告の入社の経緯
請求原因二3の事実中、原告が昭和四八年一月末ころ、同年四月一日から採用されることが決まったこと、原告の初任基本給が被告の社内基準より高かったこと、原告が昭和四八年六月以降被告島田工場の電気主任技術者の立場にあったことは当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第六号証、第七号証の一、二、乙第一号証及び証人原田実の証言、原告本人尋問の結果(理由中で摘示する採用できない部分を除く。以下同じ。)を総合すると以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和三六年三月、埼玉県立熊谷工業高等学校電気科を卒業し、同月秩父セメント株式会社に入社した。
原告は、同社で電気関係の業務に従事しながら、昭和四一年四月、東京電気大学電気工学科に入学し、在学中の昭和四三年に電気主任技術者第三種の、昭和四四年には電気主任技術者第二種の資格を取得した後、昭和四五年三月に同大学を卒業した。
(二) 原告は、右電気主任技術者の資格を利用できる仕事をしたいという希望を持っていたところ、昭和四七年一一月被告会社人事部から「被告島田工場で電気主任技術者を募集している。」旨の求人申込書(甲第二号証)が送られてきた。
(三) 被告島田工場は、当時電気主任技術者として届出られていた橋本隆久が本社から出張してきている者であった関係上、同人に代って電気主任技術者たる資格を有する者を緊急に捜していたが、社内に有資格者が見当らなかったため、右募集をしたものである。
(四) 原告は、同年一二月に被告島田工場において面接試験を受けた後、昭和四八年一月一七日、被告会社本社において採用面接試験を受けた。
被告側は、その席において、原告に対し、被告島田工場の工場技師長(後の工務課長の職制に該る。)の直轄下で電気関係の業務に従事してもらうこと、電気主任技術者の地位については、前記橋本隆久が現在電気主任技術者として登録されているが、これは一時的なもので、六ケ月の試傭期間を経過した後、原告を電気主任技術者として登録する予定にしていることを告げた。また、右(三)の事情を踏まえて、原告の月額金一三万円の給与要求に対して、被告の中途採用者の初任給に関する社内基準によれば、月額金八万円であるが、月額金一一万円を支給したい旨説明し、原告の了解を得た。
(五) 被告は、原告の採用を決定し、同月三〇日付で同年四月一日から原告を採用する旨の採用通知(甲第六号証)を送付した。
原告は、右に対して、後日のトラブルをおもんばかり電気主任技術者の地位について文書で確認したい旨被告に申入れたところ、前記一月一七日の面接の際の被告側の説明内容を記載した文書(甲第七号証の一、二)が送付されてきた。
(六) その結果、原告は入社の意思を固め、昭和四八年三月一五日ころ、被告との間で、「生産部門の社員として同年四月一日から採用され、初任基本給を月額金一一万円とする。」旨の雇用契約書(乙第一号証)をとりかわしたうえ、そのころ前記秩父セメント株式会社を退社し、四月一日被告に入社した。
以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 原告の職務内容
成立に争いのない甲第一号証、乙第五号証の一、第八号証の一、第九号証の一ないし三、第一〇号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第六号証、第七号証の一、二、第八号証の二、第一三号証及び証人原田実の証言、原告本人尋問の結果を総合すると以下の事実が認められる。
(一) 被告島田工場においては、工場長の下、品質管理課、製造課、総務課、会計課と並んで工務課が存在した。
工務課の職務内容は、大きく分けて、<1>工場全機械設備の保守保全業務、<2>工場全機械設備の改善業務、<3>新規導入機械の計画の立案工事、その試運転、<4>工場のエネルギー源である電気動力の受入れ、その管理、燃料の受入れ、その消費管理、<5>公害防止の五つであり、工務課長がその長である。
(二) 右工務課内には、電気係が置かれ、その業務内容は、工場受電設備の維持・運用、工場の電気設備の補修・保全業務、同設備の改善業務、電気工事の計画・見積り、発注工事の監督等であり、電気係長がその長である。
(三) 電気係長は、電気係の業務の指揮監督をするが、職制上工務課長の下位にあるので、同課長の指揮監督には従わなければならなかった。
(四) 原告は、電気係長の職にあるとともに、電気主任技術者の立場にもあったが、電気係長という地位に立つものとしての職務の他に、電気主任技術者の立場に立つものとしての固有の職務は存在しなかった。
(五) 原告がパシフィックプロジェクトの業務にたずさわるようなった後においても、右事実に変化はなく、原告がたずさわった特高受電設備の工事においても、原告は、職制上の上位者で、パシフィックプロジェクトの電気担当課長代理である秋山公昭の指揮命令系統下に職務を遂行していたもので、原告が作成した右設備の購入要求書(乙第八号証の一)においても右要求を承認する旨の秋山の署名がなされている。
以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、次の理由で採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
原告の本人尋問の結果中には、原告が電気主任技術者として既存の電気設備の保守管理はもとより、被告島田工場における公害防止設備等の電気業務の統括、昭和五六年二月以後はパシフィックプロジェクトのうち特高受電設備の統括をなしてきたとする部分があるが、前掲各証拠に照らしてその供述内容を検討すると、右供述部分は、原告が電気関係の業務について高度の技術と経験を有していたため、その職務遂行について職制上自己の上位者である工務課長らの牽制を受けることが少なく、事実上広い裁量を有していたことを意味するにすぎないというべきであって、職制上の指揮命令系統上は、工務課長及び課長代理の下にあったというべきである。
また、原告の本人尋問の結果中には電気係には改善工事班、管理班、保全修理班が置かれていた旨の供述があり、甲第一六号証の記載にはこれに沿う部分があるが、右原告本人尋問の結果は、証人原田実の証言に照らして採用できない。原告が右甲第一六号証の成立の真正につき供述する部分も同号証の体裁(ことに下半分)、証人原田実の証言に照らすとにわかに措信しがたく、他に同号証が真正に成立したと認めるに足りる証拠はない。
5 他の労働条件との結合
請求原因二5の事実中原告の基本初任給が被告の社内基準より高かったことは当事者間に争いがない。右争いのない事実及び前記3(原告の入社の経緯)においてすでに認定した事実に、成立に争いのない乙第一六号証の一ないし四、証人原田実の証言、原告本人尋問の結果を総合すると以下の事実が認められる。
(一) 原告の初任基本給は、被告の社内基準よりも三万円高く月額金一一万円であったところ、これは、被告が被告島田工場における電気主任技術者の資格を有する者の確保に迫られていたという事情によるものであった。
(二) 被告会社では、いわゆる査定制度は採られておらず、従業員の昇給金額は、学歴・年齢及び勤務年数によって画一的に決定される仕組みとなっており、一時金の額も、このように画一的に決定される基本給の額に一定数値を乗じて算出されるのであって、これまた画一的に決定される仕組みとなっている。
(三) 電気主任技術者の立場にあることについての特別の手当は、存在しなかった。
以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、原告は、前例上電気主任技術者の立場にあった者の工務課課長代理等の役職への昇進の可能性が他の者に比較して高かったと主張するが、右前例の存在を認めるに足りる証拠はない。
以上、電気主任技術者たることが原・被告間の労働条件であるとする原告の根拠について検討を加えてきたが、右各認定事実、とりわけ、<1>保安規程は手引書の引き直しにすぎず、被告がその作成・届出にあたって被告島田工場における当該電気主任技術者(前記橋本隆久)との間で権利・義務を設定するというような意図は全く見い出しえないこと、<2>右保安規程上電気主任技術者解任についての制約規定が存するが、右規定の趣旨も前記の電気事業法の立法趣旨や右<1>の事実にかんがみると、自家用電気工作物の設置者の恣意によって電気主任技術者が解任されると、保安の確保が全うされず、ひいては国民生活・経済上の不利益をもたらす危険があることから、電気施設の保安の確保及びこれに関する安定的な行政監督を意図したものであって、電気主任技術者として会社によって届出られた者の私法的な利益の保護を目的としたものではないこと、<3>会社の職制上の地位としては、工場長――工務課長――電気係長という指揮命令系統が存在し、原告も入社当時から右事実を認識していたこと、<4>原告の実際の職務において、電気係長という職制上の地位に立つものとしての職務の他に、電気主任技術者の立場にあるものとしての固有の職務は存在しなかったこと、<5>原告の初任基本給が高かったのは、被告が原告の有する技術と資格を緊急に必要としていたことによるもので、その後電気主任技術者であるゆえの手当等は存在しなかったこと等の事実によれば、電気主任技術者であることが原・被告間の労働条件であったと認めることはできず、右の立場は、単に行政取締法上の立場にすぎないというべきである。
してみると、原告の主張にかかる原告の解任・移籍の無効事由(請求原因五)中1の事由(主任技術者解任についての原告の同意の欠如)及び2の事由(本件移籍についての原告の同意の欠如)は、いずれも電気主任技術者であることが原・被告間の労働条件となっていたことを前提とするものであるから、この点で右主張が理由のないものであることは明らかである。
また、請求原因五4の主張中電気主任技術者の解任が不当労働行為であるという主張についても、右解任が不利益取扱性を有しないことは、前記5の認定事実からして明らかであり、右地位を奪われることによって原告の有する電気技術の向上が阻げられるという原告の主張も当を得ないから(電気主任技術者たる地位は、労働条件性を持たないから、右解任は電気関係の業務を離れることを意味しないし、現に原告が本件解任後も電気関係の職務を遂行していることは原告の自認するところである。)、この点の原告の主張もまた理由がないものといわなければならない。
更に、請求原因五5の主張(本件解任の信義則・禁反言違反)についても、仮に、原告の主張のとおり、被告が原告に対して電気主任技術者たる立場を続けてもらう旨言明した後、原告の解任届を名古屋通商産業局に届出たとしても、右地位が行政取締法上の地位にとどまり、労働条件ではない以上、右解任届出が信義則違反によって無効となるという法律効果を生じるものとはいえないから(その意味で解任は会社の専権事項である。)、右主張は、失当であるといわなければならない。
従って、原告の電気主任技術者たることの地位の確認を求める請求は、その余の点について判断するまでもなく棄却を免れない。
よって、以下においては、専ら本件移籍の有効性を巡る問題について判断する。
三 請求原因三(工務課電気係長の地位)について
右の地位が、監督職であり、監督者手当(いわゆる係長手当、昭和五七年四月現在月額金一万円、昭和五九年四月現在月額金一万一〇〇〇円、昭和六〇年四月現在月額金一万二〇〇〇円。)を伴い、出張宿泊料及び残業手当算定も一般従業員とは異ることは、被告の明らかに争わないところである。
してみると、これが労働条件であることは明らかである。
四 請求原因四(被告による原告の解任)の事実について
右事実は当事者間に争いがない。
なお、工務課電気係長を解任する旨の意思表示がいつ原告に到達したかについては、原・被告間で争いがあるようであるが、この点は後に判断する。
五 まず被告のなした移籍命令の根拠(「被告の主張一」関係)について検討する。
使用者は、労使間の合意の範囲内と認められるかぎりにおいては、労働者の個別的・具体的な同意がなくても、労働契約により取得する指揮命令権に基づいて、その労働者の職種・職籍・勤務場所等の変更を命じうると考えられる。
そこで、原告と被告間の本労働契約の内容としていかなる範囲において右変更権を与える合意がなされたとみるのが相当かについて検討するに、右合意の範囲を確定するにあたっては、労使間でとりかわされた明示の労働契約のみならず、労使間で結ばれた労働協約の内容、労働者の入社の経緯等の諸般の事情を総合的に判断し、これを確定すべきである。この点から本件を見るに、<1>前掲乙第一号証によれば、原・被告間でとりかわされた労働契約書には、原告が被告の生産部門の社員として入社すること、雇傭中に他の勤務地に転勤されることがあり、あるいは被告会社が日本で業務提携又は業務上の支援をなしている会社に移籍されることもある旨の条項が存在すること、<2>被告の主張一の事実中当事者間に争いのない事実、即ち、被告とネッスル日本労働組合との間の労働協約には、「会社は、組合員の職種を同一事業所内――本社、工場、販売事務所等――に於いて変更することがある。一時的でない職種の変更で大巾な労働条件の変更を伴う場合、当該組合員及び組合に対して同時に事前通告し、正当な理由で異議の申し立てがある時は、会社と組合とで協議する。」旨の条項が存すること、<3>前記に認定したとおり、入社に先だって原告が被告会社本社において面接した際、被告島田工場における工務課長の下において業務に従事することになる旨告げられたこと、被告は原告の有する電気関係の技術及び資格に着目して採用を決めたこと等の事情を総合的に判断すると、被告島田工場における生産部門の職務の範囲内における職種及び職籍の変更であるかぎりにおいては、使用者にその変更権を与える旨の合意があったとみるのが相当である(仮に、右合意の範囲を最も厳格に解した場合でも、同じ課内の電気関係業務にたずさわる職籍間での移籍は、合意の範囲内であるということができる。)。
従って、同じ被告島田工場の工務課内での移籍であるかぎり、被告は原告の同意を要することなく、移籍を命じうると解される。しかし、右移籍命令が、使用者の不当な目的に基づいてなされることは許されないことは勿論、ことに右命令が労働者の職制の降格を伴うような場合には、右命令は合理的な理由に基づくものでなければならないと解される。
本件移籍は、電気係長から電気課長直属のスタッフへの移籍である(この事実は当事者間に争いがない。)から、電気係長から、同係員への移籍とは異なり、単純な降格であるとはいえないが、監督職を解かれ、監督者手当、出張宿泊料及び残業手当算定の基準賃金の減額を伴うものである(三で摘示したとおり、この事実も当事者間に争いがない。)から、右合理性を要すると解される。
六 そこで本件移籍命令の合理性(「被告の主張二」関係)について検討する。
被告の主張二の事実中、原告が工務課電気係長であるとともに電気主任技術者の立場にあったこと、ゴールドブレンドの製造設備を被告島田工場に新たに設けるために本件技術部直轄のパシフィックプロジェクトチームが編成されたこと、秋山公昭が右プロジェクトの電気関係業務を統括することになったこと、秋山が昭和五五年九月ころ計画立案並びに技術習得などのために渡欧するなどしたが、それ以前には被告霞ヶ浦工場で工務課長代理の職につき、同工場の電気主任技術者の立場にあったこと、被告が昭和五七年五月一〇日、被告島田工場の既存電気設備一般の保守管理業務とパシフィックプロジェクト業務とを分離し、原告には工務課長のスタッフとして右プロジェクトチーム関連業務に従事させ、新たに田中直己を電気係長に任命したことは、いずれも当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実及び前記二4(原告の職務内容)においてすでに認定した事実に、証人原田実の証言、原告本人尋問の結果及び右原田実の証言によって真正に成立したものと認められる乙第三号証並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。
1 原告は、被告島田工場工務課電気係長として、工務課長の指揮監督の下に、同工場の電気設備一般の保守管理業務に従事してきたものであるが、併せて電気事業法第七二条にもとづく電気主任技術者の立場にあったものである。
2 被告は、被告島田工場において新たに商品名「ゴールドブレンド」の製造設備を設けるため、昭和五六年二月、本社技術部直轄の特別のプロジェクトチームであるパシフイックプロジェクトチームを編成した。このように、特別のプロジェクトチームが編成されたのは、右ゴールドブレンドの製造設備が、被告島田工場の既存設備にほぼ匹敵するという大工事であったためである。
右プロジェクトチームの電気部門については、昭和五六年二月、秋山公昭が課長代理としてその責任者に任じられ、右プロジェクトの電気関係業務を統括することになった。右秋山は、昭和五五年九月ころの右プロジェクトの計画立案並びに技術習得の段階から右プロジェクトに関与し、右計画立案のために渡欧するなどしたが、それ以前には被告霞ヶ浦工場で工務課長代理の職に就き、同工場の電気主任技術者の立場にあったものである。
3 原告は、電気係長として被告島田工場の既存電気設備一般の保守管理業務に従事していたものであるが、昭和五六年二月以降は、右秋山課長代理の指揮・監督のもとに、右プロジェクトの電気関係業務にも関与することになった。
秋山課長代理の指揮監督の下に原告が従事したのは、特高受電設備、排水処理設備、各棟の電気設備、流動床ボイラーの高圧電力盤、デマント・コントローラー・システム等にかかわる設計、見積、工事監督等の業務である。
すなわち、原告は、電気係長として既存の電気設備のメインテナンス業務にあたるとともに、併せて、右プロジェクト関係業務をも処理しなければならないことになった。
4 右プロジェクトの業務は、当初神戸の本社で行われていたが、昭和五六年一一月からは秋山が被告島田工場に着任し、実際に同工場内での業務が取り行われる運びとなった。但し、右プロジェクトは、組織上依然として本社技術部直轄のままであった。
その前後から、右業務は一段と繁忙を極めるようになり、電気関係業務については、とりわけ秋山課長代理のもとで直接これを担当する原告についてその比重が増した。
原告の時間外労働時間も、昭和五六年三月ないし昭和五七年二月の一年間についてこれを見た場合、一ケ月あたり約一七時間程度にとどまっているが、昭和五七年三月ないし五月の三ケ月間では一ケ月あたり約四五時間ほどにもなり、同年三月ないし一二月の一〇ケ月間で見ても一ケ月あたり同じく約四五時間ほどに及んでいる。
こうして原告も既存の電気保守管理にあたる業務と右プロジェクト関連業務を一人で処理することが困難な状況となった。
5 そこで、被告は、昭和五七年五月一〇日以後、原告が一人であたっていた二つの業務を分離し、原告には工務課長下のスタッフ(電気技術員)として前記プロジェクト関連業務に専従させることとし、一方、新たに田中直己を電気係長に任命して、既存設備の保守・管理業務にあたらせることとした。
昭和五七年五月七日、前記特高受電設備が完成し、被告島田工場に移管されたことに伴い、前記秋山は、同月一〇日以後プロジェクトチームの課長代理と被告島田工場工務課の課長代理とを兼任することとなった。すなわち同人は、パシフィックプロジェクトチームの課長代理として右プロジェクトの電気関係業務を引き続き統括するとともに、併せて、被告島田工場の工務課課長代理として、同課電気係長以下の係員を指揮し、同工場の電気設備(同工場の既存設備ならびに新たに移管された右設備)の保守管理にあたることとなった。
右職務変更により、原告は、いわゆるラインの管理、監督者から外れて、スタッフ業務に従事することとなり、一方、秋山が被告島田工場工務課課長代理として電気係長以下を指揮する立場となった。
以上の事実が認められ、原告の本人尋問の結果及びこれによって真正に成立したと認められる甲第一一、第一四、第二四ないし第二七号証によれば、原告がパシフィックプロジェクトの業務にたずさわるようになった後においても、技術会議等の諸会議への出席率に変化がないことが認められる(証人原田実の証言中右認定に反する部分は採用しない。)が、右事実をもってしても前記認定を覆すに足りず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
原告は、本件移籍後も原告の残業時間が多いのは、電気係長時代には部下を使ってプロジェクト業務をこなすことができたのに対し、移籍後は一人でやらなければならなかったためであると主張するが、右主張はそれ自体原告の工務課長下のスタッフとしての業務が多忙であったことを意味しており、被告が業務分離によって無駄の多いポスト、いわば閑職を設けたわけではないことを示しているといえる。
そして、複数の者が各々二種類の職務を遂行するよりも、右の者を分離して各々一種の職務を遂行させることは、業務の能率的遂行に寄与する場合が多いという経験則を踏まえて、右各認定事実(1ないし5)を見ると、被告のなした本件業務分離及びそれに伴う原告の本件移籍には、合理的な業務上の必要性があったといえる(右業務分離がやむをえないということまでの高度の必要性は不要である。)。
なお、原告は、業務分離が必要であったとしても他の電気係員を工務課長下のスタッフとしてプロジェクト関連業務につかせればよかったと主張するが、原告は右プロジェクト業務を遂行するに足りる充分な技術と経験を有し、その適性が認められるのであって、それ以上、右人事につき余人をもっては容易にこれに替え難いといった高度の必要性が要求されるとするのも妥当でない。
以上、被告の主張二はその理由がある。
七 従業員に対する移籍命令につき、使用者に業務上の合理的な必要性がある場合であっても、使用者の右命令の主たる目的が右業務上の必要からではなく、他の不当な目的によると認められる場合には、右命令の効力が問題となる。
原告は、第一に本件移籍命令が原告を電気主任技術者から解任するための口実とするものであったと主張し(被告の主張に対する原告の反論三3)、第二に本件移籍が不当労働行為意思に基づくものであると主張する(請求原因五4関係)。
そこで、右第一の主張について判断するに、会社は、その資格を有する者であれば係長職にない者であっても、これを電気主任技術者として届け出ることができるのであって(このことは原告の自認するところである。要はどちらが行政取締上妥当かという問題にすぎない。)、被告としては、原告を移籍させなくとも原告を解任し、前記秋山公昭を電気主任技術者として届出ることは可能だったわけであるから、原告を電気主任技術者から解任することを主たる目的として本件移籍を行ったという主張は、すでにこの点において理由に乏しい。更に、証人原田実の証言及び弁論の全趣旨(被告は、一貫して電気主任技術者の選任・解任が被告の専権事項だと主張している。)によれば、被告は、「原告を電気主任技術者から解任するために係長職を外すことが必要だ。」というような認識を持っていなかったことが認められるから、原告の右第一の主張が理由がない。
八 そこで次に右第二の主張にかかる本件移籍の不当労働行為性(請求原因五4関係)について判断する。
1 請求原因五4の事実中(一)(2)(本件移籍に伴う不利益)の事実については、理由三に摘示したとおりであり、その不利益性を認めることができる。
2 同五4(二)(組合活動)の事実中、原告が昭和四八年一〇月からネッスル日本労働組合島田支部の組合員となり、昭和四九年九月から昭和五〇年九月まで同支部の副委員長、同年九月から昭和五五年九月まで委員長兼ネッスル日本労働組合本部執行委員であったことは当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、成立について争いのない甲第四八号証、第四九号証の一、二、第五一ないし第五三号証、第五六号証の二、乙第一八号証、証人長谷川保夫の証言によって真正に成立したものと認められる甲第四四、第四五号証、第四六及び第四七号証の各一、二、第五〇号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第五五号証の一、二、第五六号証の一及び証人長谷川保夫の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認めることができる。
(一) 原告が所属しているネッスル日本労働組合は、昭和四〇年一一月、約四〇〇名の組合員を結集して設立された。右組合は、昭和四五年一二月に協約闘争で初のストライキを行い、翌昭和四六年五月、八六ケ条からなる労働協約を被告との間で締結した。
右組合は、昭和四七年四月、春闘で初のストライキを行い、昭和四九年秋からは、秋闘にも取り組むようになった。また、昭和五二年九月以降、神戸支部あるいは本部は頸肩腕障害(職業病の一つ)に関する組合運動にも本格的にとりくむようになった。
同組合は、昭和四七年九月、中立労連系の食品労連に加盟した。
(二) 組合が設立されてから数年間、組合と被告との間は比較的平穏に推移したが、昭和四六年五月の労働協約締結後、組合が、昭和四七年四月以降春闘でストライキを行ったり、昭和四九年以降秋闘を組織したり、また職業病の問題に本格的に取り組むようになってからは、しだいに緊張関係が生ずるようになった。
(三) 被告は、昭和四八年に労務部を設立し、その後昭和五〇年ころから、外資系企業において人事労務部門の職にあったものを右労務部等に入社させるようになってからは、労使関係が緊張を増した。ことに、被告人事部の塚田淳夫が組合に対する不当な攻撃発言をしたとして、昭和五三年四月、兵庫県地方労働委員会に不当労働行為救済の申立がなされた後は、労使関係は極度に緊張し、裁判所及び地方労働委員会に係属する事件が急増した。
(四) 右状況下、いわゆる労使協調路線をとるべきであると主張する組合員の運動が起こり、昭和五六年の春闘の際のスト権確立投票において、過半数には達しなかったものの相当数の組合員がストに反対の投票をし、昭和五六年の第一六回ネッスル日本労働組合全国大会における組合本部役員選挙でも、候補者を立てる等の動きを示した。
ネッスル日本労働組合の中で従来の闘争路線を堅持すべきだとする組合員は、右のような事件は、被告の組合運動に対する不当な支配介入によるものだと判断し、被告との緊張関係を更に深めていった。
(五) 翌昭和五七年の組合本部役員選挙においては、労使協調路線を主張する三浦一昭が委員長に立候補し、同年一一月三日行われた開票の結果過半数を獲得し、闘争路線を主張して副委員長に立候補した斎藤勝一は、過半数を得ることができなかった。第一七回ネッスル日本労働組合全国大会は、同月六日、七日に開催されたが、出席した大会代議員だけで右三浦一昭らを組合員権利停止処分に付すること、同月一三日に続開大会を開催し同大会において本部役員を選出することを決議し、同月一三日に開催された続開大会においても、出席した代議員だけであらためて三浦一昭らを組合員権利停止処分に付する旨の決議をし、更に出席代議員により本部役員選挙を行い、本部執行委員長に斎藤勝一を選出したほか、八名の役員を選出した。
(六) そこで三浦一昭と斎藤勝一のどちらが適法な委員長かを巡って争いが生じ、神戸地方裁判所は右三浦が適法な委員長である旨の仮処分決定を下したが、その後も組合員間で紛糾が続いた。
そして、三浦一昭が適法な委員長であると主張する組合員約二〇〇〇名は「ネッスル日本労働組合」を名乗り(以下便宜上「第二組合」という。)、闘争路線を主張する組合員約二〇〇名も同じく「ネッスル日本労働組合」を名乗り、組合が分裂した旨主張し、斎藤勝一を委員長として組合運動を続けた(以下便宜上「第一組合」という。)。
(七) 被告は、右第二組合が正当な組合だとし第一組合の組合性を否定する立場に立ったため、被告及び第二組合対第一組合との対立という図式でその後も様々な紛争が生じ、対立が尖鋭化していった。
この間原告は、終始第一組合側の立場に対ち、第一七回全国大会の後においても、その活動の中心メンバーとして数のうえで弱体化しつつあった同組合の結束の維持につとめてきた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 そこで次に、右のような背景事情の下なされた本件移籍が、実際に被告の不当労働行為意思に基づいてされたものであるのかについて判断するため、右不当労働行為意思を推認させるものとして原告が主張している間接事実(請求原因五4(三)摘示の(1)ないし(3))について検討する。
(一) 同(1)の事実中、工場長が原告に対し注意を与えたことは当事者間に争いがないところ、原告本人尋問の結果によれば、被告島田工場工場長フレイが昭和五六年一二月一四日、原告に対し、「組合の委員長の時は立場上組合的な考えを持っていてもよいが、現在は職場長であるから社長を非難するような発言や部下が同調するような発言をやめるように。」との注意を与えたことが認められ証人原田実の証言中右認定に反する部分は、右原告本人尋問の結果及びこれによって真正に成立したものと認められる甲第一二ないし第一四号証、第二一、二二号証の各一、二に照らすとこれを採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 同(2)の事実中、被告島田工場工場長が昭和五七年一月七日、兵庫県にある被告広田工場への転勤を原告に打診したこと、これに対し原告が応じられない旨答えたことは当事者間に争いがない。
右争いのない事実に証人原田実の証言を総合すると、当時右広田工場においてクレマトップ製造ラインの増設をするための人員が必要となったこと、そこで被告本社から被告島田工場工場長に対し電気関係の業務についている者のうち一名を広田工場へ転勤させるようにとの要請があったこと、被告島田工場工場長は広田工場における右増設工事に関する業務内容と経験からして原告が右業務に最適任であると判断し、原告に転勤の打診をしたこと、右打診に対し原告が反対の意向を示したのでそれ以上の勧告に亘るようなことはしていないこと、その後被告島田工場に勤務する第二種の電気主任技術者の資格を有する者が広田工場へ転勤したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 同(3)の事実について
成立に争いのない甲第一八号証(後記採用できない部分を除く。)第三一号証の一、二、第三四号証、乙第四号証、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第二八ないし第三〇号証、第三二、三三号証、第三五号証、第三七ないし第三九号証及び証人原田実及び同長谷川保夫の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。
(1) 被告島田工場工場長は、昭和五七年四月二八日午前一〇時ころ、原告に対し、同年五月一〇日から電気係長職を解き、工務課長下の工務事務所に配置転換する旨伝えた。そして同日中右移籍命令を記載した辞令(乙第四号証)が、掲示されるとともに各職場に回覧された。
(2) 島田支部は、本件移籍命令に強く反対し、同日、工場長に団体交渉の申入れをした。
工場長は、右団体申入れを拒否したため、島田支部は、同月三〇日、再度工場長に対して団体交渉を申入れた。
(3) 原告は、同年五月六日、本件移籍に関する業務命令を一時保留すべく文書で異議の申立てを行ったが、工場長は、原告に対し、五月一〇日から技術事務所に移籍するよう通告した。
(4) 五月六日、島田支部は、工場長の団体交渉の拒否に対し、三度目の団体交渉を申入れた。
(5) 原告は、同月九日付で、工場長に対し、移籍には応じられない旨通知した。
(6) 同月一〇日、工場長は、移籍に応じないかぎり業務命令違反として原告を懲戒処分に付する旨通知した。
(7) 島田支部は、同日、工場長に対し、原告の被告に対する異議申立て及びそれを受けての組合の団体交渉申入れを被告が拒否している以上五月一〇日付の原告の配転はありえない旨通知した。
(8) 原告は、同月一一日、前日工場長から移籍しなければ業務命令違反として懲戒処分にする旨の通知をうけていたために、労働条件等の問題については権利を留保するが、業務を遂行するために暫定的に移籍する旨工場長に通知した。
(9) 島田支部は、同月一二日、工場長に対し、四度目の団体交渉を申入れた。
(10) 原告は、同月一三日、移籍命令は無効であるが暫定的に移籍する旨主張のうえ技術事務所に移った。
(11) 原告は、同年六月一〇日、前日なされた電気主任技術者の解任が不当である旨総務課長西川らに対し抗議し、同月一一日、二木工場長代理に対し、右解任届出が工場長の通告に反すること、原告が電気主任技術者として採用された以上原告の同意なくして解任はありえないこと、また解任は保安規程第一〇条にも違反していること等を述べ、直ちに電気主任技術者の地位に戻すよう要求した。
(12) 組合は、被告の原告に対する配転強行及び電気主任技術者の解任が不当労働行為に該るとして、同月一四日、兵庫県地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立てをした。
以上の事実が認められ、前掲甲第一八号証及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定事実を覆すに足りる証拠はない。
(四) 以上本件移籍につき被告の不当労働行為意思を推認させるとして原告が挙げた間接事実につき検討を加えてきたが、右認定事実によってはいまだ右不当労働行為意思を推認するに足りないというべきである。
即ち、(二)認定事実によれば、原告への転勤打診は、業務上の必要によるものであってしかも単なる打診にとどまっており、それが不当な目的をもってなされたものであることをうかがわせるに足りる証拠は全く存在しない。
また(三)の事実中、被告が組合のたび重なる団体交渉要求を拒否したことについて検討するに、当時組合が労使協議路線に添う運動を被告の組合運動に対する不当な支配介入によるものだとして労使間の緊張が高まっていただけに、被告が組合との間でぎくしゃくした対応に終始したのもある程度やむをえない面もあるし、また右団体交渉の拒否は前記労働協約違反に該るともいえない(本件移籍は、同じ課内で電気関係の業務に該る職籍間の変更であるから、右労働協約第二一条の予定している職種の変更には該らないと解される。)のである。
残るは(一)の事実であるが、この事実が本件移籍に際しての被告の不当労働行為意思を推察させることを否定し去ることはできないものの、注意の内容や時期を考えると、推認の根拠としてはきわめて薄弱なものである。
これらのことと、原告が入社以来本件移籍に至るまでの間において原告に対して不当な言動なり不当な取扱いがなされたとして組合が問題にしたことは一度もなかった(原告本人尋問の結果右事実を認める。)こと、そして本件移籍には業務上の必要があったこととを併わせ考えると、本件移籍が被告の不当労働行為意思に基づくものであると認めることはできない。
九 以上、本件移籍に関する被告の主張は理由があり、それに対する原告の主張(即ち、<1>本件移籍が主任技術者解任を主たる目的としてなされたこと、<2>不当労働行為意思に基づいてなされたこと。)は、いずれも理由がないから、本件移籍命令の内容に従い昭和五七年五月一〇日をもって原告は被告島田工場工務課電気係長の地位を失ったものというべく、その地位の確認を求める原告の請求は失当である。
一〇 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。